大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所小倉支部 昭和47年(ワ)110号 判決

目次

当事者の表示

主文

事実

第一 当事者の求めた裁判

一 原告ら

二 被告ら

第二 当事者の主張

一 請求原因

二 請求原因に対する被告らの答弁

三 被告カネミ、同加藤の抗弁

四 右抗弁に対する原告らの答弁

五 請求原因を理由あらしめるその余の事実及び被告らの各主張に対するその余の反論

六 原告らの各主張に対する被告らのその余の反論及び被告カネミ、同加藤の抗弁を理由あらしめるその余の事実

第三 証拠関係〈省略〉

理由

(書証の引用について)

第一 当事者

一 原告ら

二 被告カネミ

三 被告加藤

四 被告鐘化

五 被告国、同北九州市

第二 カネミライスオイル中毒症(油症)発生の経緯と概況

一 油症患者発見の経緯

二 被告国、福岡県、被告北九州市の調査及び対策

三 油症研究班の調査研究による油症の原因解明並びに油症調査班の調査とその見解

1 油症研究班の改組

2 油症研究班各部会の調査研究

3 油症研究班による油症の原因解明

4 油症調査班のカネミ米ぬか油中への塩化ビフェニールの混入経路に関する調査とその見解

5 油症研究班の組織変更

四 油症事件の特異性、被害の広範性及び被害者の症状

1 塩化ビフェニールの混入した食用油の経口摂取による前代未聞の事件

2 被害の広範性

3 油症患者の症状(訴え)

第三 カネミ油症と被告カネミの行為との因果関係

一 被告カネミにおける米ぬか油の製造工程

1 製造工程一般

2 脱臭工程及びその作業

二 カネクロールの概念

1 カネクロールの化学的組成

2 塩化ビフェニールの物理的化学的性質と用途

三 PCBの毒性

四 カネミ米ぬか油中へのカネクロール四〇〇の混入経路

1 はじめに

2 被告カネミにおける脱臭装置の増設経過

3 ピンホール漏出説

4 フランジ漏出説

5 ピンホール漏出説とフランジ漏出説との比較検討

6 まとめ

五 被告カネミの行為と本件油症との因果関係についての結論

第四 被告カネミの責任

一 被告カネミの食品製造販売業者としての注意義務

1 食品の製品販売業者の一般的安全確保義務

2 被告カネミのカネクロールの毒性等についての認識

3 熱交換器の劣化、損傷

4 被告カネミの注意義務

二 被告カネミの注意義務違反

1 脱臭装置の不適切な変更と運転をした過失

2 カネクロール地下タンクに水を混入させた過失

3 脱臭罐の保全検査を怠った過失

4 カネクロールの適切な管理を怠った過失

5 製品の工程検査を怠った過失

第五 被告加藤の責任

第六 カネミ油症と被告鐘化の行為との因果関係

第七 被告鐘化の責任

一 被告鐘化のカネクロール製造販売企業としての注意義務

1 合成化学物質製造販売企業の安全確保義務

2 被告鐘化のカネクロールの危険性についての認識

3 食品工業の熱媒体用としてのカネクロールを販売するに際しての被告鐘化の具体的注意義務

二 被告鐘化の注意義務違反

1 カネクロールの需要者たる食品製造販売業者に、その毒性を完全に周知させなかった過失

2 食品製造販売業者に対し、カネクロールの金属腐食性を周知させなかったばかりか、誤った情報を与えた過失

3 カネクロールの危険除去のための適切な手段方法を周知せしめなかった過失

第八 被告カネミ、同鐘化両者の責任

第九 被告国、同北九州市の責任

一 当事者間に争いない事実

二 被告国の食品安全確保義務と食品衛生法

三 行政庁の権限不行使と国家賠償法第一条第一項

四 被告国の食品衛生法上の規制権限不行使等

1 被告国の被告カネミに対する営業許可に伴う権限不行使

2 食品衛生監視員の被告カネミに対する監視に際しての権限不行使

3 九州大学医学部医師の食品衛生法第二七条の届出義務違反

4 ダーク油事件と被告国の対応

五 結論

1 被告国の責任

2 被告北九州市の責任

第一〇 損害

一 (損害賠償義務について)

二 原告らの包括一律請求について

三 油症患者たる原告ら、及び死亡油症患者の症状等

四 死亡油症患者の死亡と油症との因果関係

五 油症患者たる原告ら、及び死亡油症患者らの損害額

六 被告カネミの一部弁済の抗弁について

七 相続

八 相続債権の譲渡

九 原告井藤良二(原告番号広島17)の請求について

一〇 弁護士費用

第一一 結論

別紙〔一〕 原告ら目録

別紙〔二〕 原告ら訴訟代理人目録〈省略〉

別紙〔三〕 請求債権額一覧表〈省略〉

別紙〔四〕 死亡油症患者一覧表〈省略〉

別紙〔五〕 原告別支払明細一覧表〈省略〉

別紙〔六〕 死亡者別支払明細一覧表〈省略〉

別紙〔七〕 書証目録〈省略〉

別紙〔八〕 証人等目録〈省略〉

別紙〔九〕 (一)油症原告被害一覧表〈省略〉

別紙〔九〕 (一)油症原告被害一覧表〈省略〉

別紙〔九〕 (二)死亡油症患者被告一覧表〈省略〉

別紙〔一〇〕 (一)油症原告被害認定一覧表

別紙〔一〇〕 (二)死亡油症患者被害認定一覧表

別紙〔一一〕 被告カネミ倉庫株式会社に対する認容債権額一覧表

別紙〔一二〕 被告鐘淵化学工業株式会社に対する認容債権額一覧表

別紙 図面

別紙 準備書面〈省略〉

別紙 準備書面〈省略〉

原告らの表示

別紙〔一〕原告ら目録記載のとおり

右原告ら訴訟代理人

内田茂雄

外四一七名

被告

カネミ倉庫株式会社

右代表者代表取締役

加藤三之輔

被告

加藤三之輔

右被告両名代理人弁護士

尾山正義

外四名

被告

北九州市

右代表者市長

谷伍平

右被告訴訟代理人弁護士

松平初平

外二名

右指定代理人

佐藤正

外五名

被告

右代表者 法務大臣

瀬戸山三男

右被告指定代理人

鹿内清三

外七名

右被告両名指定代理人

泉博

外二名

被告

鐘淵化学工業株式会社

右代表者代表取締役

大澤孝

右被告訴訟代理人弁護士

荻野益三郎

外七名

主文

一  被告カネミ倉庫株式会社は、別紙〔一一〕被告カネミ倉庫株式会社に対する認容債権額一覧表欄記載の各原告ら(但し、原告井藤良二を除く。)に対し、同表欄記載の各金員及びこれに対する昭和四三年一一月一日より各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告鐘淵化学工業株式会社は、別紙〔一二〕被告鐘淵化学工業株式会社に対する認容債権額一覧表欄記載の各原告ら(但し、原告井藤良二を除く。)に対し、同表欄記載の各金員及びこれに対する昭和四三年一一月一日より各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告井藤良二、同大川点順こと梁女を除く原告らの被告カネミ倉庫株式会社、同鐘淵化学工業株式会社に対するその余の各請求及び原告大川点順こと梁女の被告鐘淵化学工業株式会社に対するその余の請求を棄却する。

四  原告井藤良二の被告カネミ倉庫株式会社、同鐘淵化学工業株式会社に対する各請求を棄却する。

五  原告大川点順こと梁女を除く原告らの被告加藤三之輔、同国、同北九州市に対する各請求及び原告大川点順こと梁女の被告国、同北九州市に対する各請求を棄却する。

六  訴訟費用のうち、原告井藤良二と被告らとの間に生じたものは同原告の負担とし、同原告を除く原告ら(但し、原告大川点順こと梁女については被告カネミ倉庫株式会社との関係を除く。)と被告カネミ倉庫株式会社、同鐘淵化学工業株式会社との間に生じたものは同被告らの負担とし、原告井藤良二を除く原告ら(但し、原告大川点順こと梁女については被告加藤三之輔との関係を除く。)と被告加藤三之輔、同国、同北九州市との間に生じたものは同原告らの負担とする。

七  この判決は右第一、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告ら(請求の趣旨)

1  被告ら(但し、原告大川点順こと梁女については被告カネミ倉庫株式会社、同加藤三之輔を除く。)は、各自別紙〔三〕請求債権額一覧表欄記載の各原告らに対し、同表欄記載の金員及びこれに対する昭和四三年一一月一日より各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに右第1項につき仮執行宣言の申立

二、被告ら(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。なお、被告国、同北九州市は、さらに敗訴の場合における担保を条件とする仮執行免脱宣言の申立

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  当事者

(一) 原告ら

原告らは、いずれも被告カネミ倉庫株式会社が製造し、その製造にあたり熱媒体として使用していた塩化ジフエニールが混入した「カネミライスオイル」を販売店その他を通じ入手し、これを食用に供した結果、「油症」被害を蒙つた者及びその子または「油症」被害のため死亡した者の相続人である。

(二) 被告カネミ倉庫株式会社(以下被告カネミともいう。)

被告カネミは、昭和一三年四月、九州精米株式会社として設立され、同二七年一二月カネミ糧穀工業株式会社と社名を変更し、更に、同三三年五月、現在の呼称に社名を変更し、本店を肩書地に移転した。

昭和三六年、訴外三和油脂株式会社(以下訴外三和ともいう。)より米ぬか精製の技術導入を受け、以来米ぬか油を製造して現在に至つており、その資本金は金五、〇〇〇万円で、その従業員数は約四〇〇名、製品油の販路は西日本一円にまたがつており、米ぬか油業界では上位に位し、本社及び本社工場以外に広島市、大村市(長崎)、松山市、多度津市(香川)にそれぞれ工場を有している。

(三) 被告加藤三之輔(以下被告加藤ともいう。)

被告加藤は、被告カネミの前身であるカネミ糧穀工業株式会社時代の昭和二七年一二月代表取締役に就任し、同三六年四月米ぬか精製開始以来、製油部の担当取締役として、同四〇年一一月までは本社製油部工場長も兼務し、操業の決定、機械装置の保守管理の指揮並びにその設置、修理についての決定、製品の品質管理等の最高責任者としてその業務に従事しているものである。

(四) 被告北九州市及び被告国

被告北九州市及び国は、いずれも行政権の主体であり、その行政の一部分として憲法及び食品衛生法に基づく食品衛生行政を実施する責任を負っているものである。

(五) 被告鐘淵化学工業株式会社(以下被告鐘淵または鐘化ともいう。)

被告鐘淵は、油脂工業製品の製造、加工及び販売並びに無機、有機工業薬品の製造及び販売等を業とする株式会社であり、本店を肩書地におき、東京に支社、福岡に営業所をもつほか一研究所三工場を有している。

昭和二九年頃から「カネクロール」を開発し、爾後「不燃性有機熱媒体」と銘打つて、化学工業、合成繊維工業はもちろんのこと、食品工業等にも広範囲にわたつて販売を継続してきた。

2  カネミライスオイルの製造工程及びカネクロール四〇〇の化学的性質

(一) 米ぬか油(ライスオイル)の製造工程は、二〇工程近くもあるといわれているが、被告カネミにおけるカネミライスオイル製造工程は、大概次のとおりである。

原材料米ぬかを選別(不純物や砕米等を除く)、乾燥し、ノルマルヘキサン溶剤を使用して粗製油(原油)と脱脂ぬかに分離する。

抽出分離した原油にポリリン酸ソーダを加えて金属を除去し、メタ燐酸ソーダを加えてガム質を抽出し、原油に加熱しながら水酸化ナトリウムを加えかくはんし、油分(粗脱ろう油)とにかわ状の石けん分に分離する(石けんは中和してダーク油とし、ニワトリなどの配合飼料として利用されている。)粗脱ろう油は、湯洗い冷却、綿布による過のあと、白陶土を使用して脱色し、脱臭工程を経て再び冷却・過して加熱し、くもり止め(アンチコール)と泡立ち防止剤(シリコン)を加えて製品として完成するのである。

(二) カネクロール四〇〇とは、被告鐘淵が製造販売している塩化ジフエニール及び酸化トリフエニールを成分とする商品の名称である。

その主成分の相異によつて、カネクロール三〇〇、カネクロール四〇〇、カネクロール五〇〇、カネクロール六〇〇、カネクロール一〇〇〇、カネクロール一一〇〇およびカネクロールCの種別がある。

カネクロール四〇〇は、一ないし六塩化ジフエニールの異性体十数種類の混合物であつて四塩化ジフエニールが主成分であるところから、被告鐘淵においてカネクロール四〇〇と名づけたものである。

ところで、塩化ジフエニールは、芳香族炭化水素ジフエニールの塩素化合物であり、人体にとつては有毒である。

更に、カネクロール四〇〇にはその製造工程において吹込まれた塩素の一部分が遊離塩素として存在しており、また加熱すると分離して塩化水素等を発生する。

(三) カネクロール四〇〇を食品工業の熱媒体として使用することは極めて危険である。

カネクロール四〇〇は、前述の如く被告鐘淵によつて「不燃性熱媒体」と銘打たれ、化学工業、合成繊維工業はもちろんのこと、食品工業にも広範囲に販売され、被告カネミなどの食品工業によつて使用されてきた。

しかしながら、カネロール四〇〇を食品工業の熱媒体として使用することは以下(1)、(2)でのべるとおり極めて危険である。

(1) 食品への混入の可能性

食品工業において、食品を加熱するためにカネクロール四〇〇を熱媒体として使用する場合には、加熱炉で加熱されたカネクロール四〇〇を被熱物体である食品に接して設置された伝熱管内で循環させて食品を加熱することになる。

ところで、そのような場合、伝熱管としては、熱伝導率の高い金属を使用するのであるが、右伝熱管は各種の理由で劣化を生じ亀裂を生ずる可能性がある。

しかも、カネクロール四〇〇には前述のとおり利用中吸湿性に富む塩化水素ガスを発生するので、これが伝熱管内に入り込んだ水分と反応して塩酸となり、伝熱管を腐食する可能性も大きい。

右劣化・亀裂及び腐食などが生じた場合にはカネクロール四〇〇が被熱物体である食品に混入することになる。

(2) 食品に混入した場合の人体への危害の発生の可能性

前述の如く、カネクロール四〇〇は塩化ジフエニールを成分とするものであり、塩化ジフエニールは芳香族炭化水素の塩素化合物として有毒であるので、カネクロール四〇〇が混入した食品を人体に摂取した場合には人体に極めて有害な作用を及ぼすことになる。

3  被告カネミ及び被告加藤の責任

(一) 被告カネミ

食品製造業者である被告カネミは、その製造出荷にかかわる製品につき、その製造過程はもちろんのこと出荷しようとする製品につき、人体に有毒な物質もしくは異物の混入を防止し、また混入の有無を検査するなどして、人の生命、身体に危害を及ぼすことのないよう未然に防止すべき高度の注意義務がある。

しかるに、被告カネミのライスオイル製造工程は、前述の如く複雑で、しかも、工程中塩化ジフエニールなどの人体に危害を及ぼす多くの有害物質を使用しているにもかかわらず、被告カネミは、これら有害物質が製品に混入するのを防止する措置をとらず、製品に混入しているかどうかの検査をまつたくしなかつたものである。

被告カネミの右過失により、被告カネミ製造にかかわる「カネミライスオイル」に塩化ジフエニールが混入し、塩化ジフエニールの混入した「ライスオイル」が出荷販売され、これを販売店その他を通じて入手して食用に供した原告らが、いわゆる「油症」被害を受け、後記のとおり各損害を蒙つたものである。

(二) 被告加藤

被告加藤は、前述の如く被告カネミの代表取締役であり、かつ製油部担当取締役である。被告カネミに雇用されて、カネミライスオイル製造工場の業務に従事している従業員らは、カネミライスオイル製造、出荷、販売につき、前述の如く被告カネミと同様の注意義務を有するところ、いずれもこれを怠つた過失により、前記の如くいわゆる「カネミ油症」を発生させ、よつて原告らに後記のとおり各損害を与えたものである。

従つて、被告加藤は、被告カネミに代つてその製油事業を監督する者であるから、民法第七一五条第二項により被告カネミの被用者である右従業員らが前記の如く、原告らに与えた損害を賠償する義務を負う。

4  被告国及び被告北九州市の責任

(一) 食品衛生法と食品衛生行政

憲法第二五条第二項は、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定している。

これは同条第一項がいわゆる国民の生存権を基本的人権として保障しているのを受け、右保障を実効あらしむるべく国の行政活動を要求したものである。

いいかえれば、国は憲法上必ず国民のすべての生活部面について社会保障、社会福祉及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならないのである。

従つて、国の公衆衛生の向上及び増進を図る作用即ち衛生行政は、社会保障及び社会福祉の向上及び増進を図る作用とともに憲法が直接要求する行政としてその重要度は極めて高いといわなければならない。

この衛生行政の各分野のうちで食品衛生法に基づき「飲食に起因する危害の発生を防止し、公衆衛生の向上および増進に寄与することを目的とし」(同法第一条)て行なわれるのが食品衛生行政である。

(二) 食品衛生行政の第一線機関としての食品衛生監視員

食品衛生法は、前述の目的を達すべく食品、食品添加物、器具、容器、包装などについて種々の規制をし、また各行政機関に種々の権限を附与しているが、そのほか食品衛生行政を行ううえで不可欠のものとして食品衛生監視制度をもうけている。

即ち、食品による危害を予防するためには、食物の製造、加工、調理、保存、運搬、販売などの諸操作に使用する施設、機械、器具などの構造、機能その他の状態の把握及びこれらの諸施設の清掃、運営取扱状況の観察が必要であり、そのためには、食品を製造、加工、調理、保存、運搬、販売する諸操作に必要な施設、機械、器具の構造、機能の状態またはこれらの清掃、運営の取扱状態がつねに安全な状態に保持されているか否か監視することが必要とされるからである。

右制度の趣旨にそつて国及び一定の地方公共団体に食品衛生監視員が置かれることとされている。

食品衛生監視員の主たる権限は、前述した制度の趣旨からして食品衛生監視及び指導並びに飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止するため必要がある場合に行う報告、臨検、検査、試験用の収去に関する事務である(同法第一九条・同法第一七条参照)が、その外営業の許可等の事務をも併せ行つている。

右権限を適確に行使しうるように食品衛生監視員は、一定の資格(同法第一九条第四項、同法施行令第四条参照)を要するものとされ、更に監視または指導の実施に当つては定められた食品衛生監視票を使用して行うこととされ(同法施行規則第一八条の二参照)、各営業種別ごとに年間に監視すべき最低基準回数が定められている(同法施行令第三条)。

(三) 北九州市における食品衛生行政

北九州市においては、同市が政令指定都市であるため、食品衛生法上都道府県または都道府県知事が国の機関委任により行うものとされている事務のうち同法第二〇条の規定による基準の設定に関する事務以外の全ての事務について同市又は同市長が国の機関委任により処理すべきものとされており(同法第二九条の三、地方自治法第二五二条の一九参照)、本件において食品衛生法上の福岡県知事や北九州市長の行為、不行為は、即国の行為、不行為となるものである。

従つて北九州市の区域内においては北九州市長が、政令で定められた営業についての許可、許可条件の附与、許可の取消、営業の禁止停止施設の整備改善命令等の事務および営業の施設等について監視または指導に関する事務並びに飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止するために必要な場合に行うべき報告、臨検、検査、試験用の収去等に関する事務を行うこととなるのである(同法第二一条ないし第二四条、同法第一九条第三項及び同法第一七条参照)。

しかして、北九州市長は、右事務を同市の食品衛生監視員に行なわせているのである。

(四) カネミ倉庫株式会社製油部に対する食品衛生法上の規制

被告カネミ製油部の営業は、昭和四三年当時においては、罐詰またはびん詰食品製造業として食品衛生法上の規則の対象とされていた(同法施行令第五条参照)。

そのため、被告カネミはその製油部の営業について同法施行令及び同法施行規則の定めにより許可申請をなし、北九州市長より営業の許可をうけ規制の対象とされていた。

しかして、食品衛生法施行令第三条によれば、罐詰またはびん詰製造業者に対しては年一二回の監視をなすべきこととされている。

(五) 昭和四三年当時の被告カネミ製油部の施設の状況と食品衛生監視

昭和四三年二月初旬被告カネミ製油部の脱臭工程中六号脱臭罐のステンレス製蛇管には腐食孔が生じており、そのため脱臭工程中に熱媒体として使用されていた塩化ジフエニールがライスオイル中に混入した。

いいかえれば当時、カネミ倉庫株式会社は、食品衛生法第四条第二号または第四号に該当する不衛生食品を販売し、且つ、販売の用に供するために製造・貯蔵していたのであり、しかもその施設は製造工程に使用する器具の補修が充分なされていないために異物(塩化ジフエニール)が食品に混入しやすい状況であつたのである。

かかる状況のもとで同年二月中旬小倉保健所の食品衛生監視員が右カネミ倉庫株式会社カネミライスオイル製造工場の施設の監視を行つたのである。

(六) 食品衛生監視員の注意義務及び作為義務

食品の安全性を確保するためには、食品関係営業施設等に対する監視指導が、常に適切に行なわれる必要のあることはいうまでもない。

とくに、食品の製造工程が複雑になつた近年の状況では食品の製造加工の工程や保存取扱に関し、とくに衛生上の配慮を要する業種や食品について重点的に監視指導を実施しなければならない。

ところで、前記(二)で述べた如く、食品衛生監視員が施設の監視業務を行う場合には食品衛生監視票に基づき行うのであるが、右監視票にはその一項目として「補修はよいか」との項目があり、使用中の器具について破損等の有無を監視し指導すべきものとされている。

いうまでもなく、かかる監視はすべて食品衛生法第一条にいう飲食物に起因する衛生上の危害の発生を防止するための行政の一作用として行なわれるのであるから、特に右製造工程中に使用される器具の補修等についてみる場合にも器具の補修の良否による飲食物への異物混入の危険性を考慮して重点的な監視指導を行うべきは当然である。

しかして、前記被告カネミ製油部における食品衛生監視においては、前記脱臭工程には塩化ジフエニールという人体に有毒な物質が使用されているのであるから、特に右工程の器具の補修の状況について重点的な監視をしなければならない注意義務があるものといわなければならない。

また、食品衛生監視員が営業施設の監視を行うに際して器具の破損等により有害な物質が食品中に混入しているのではないかとの合理的な疑いを生じた場合には、飲食に因する衛生上の危害の発生を防止しなければならない職責上、食品衛生法第一七条の権限を発動して危害の発生を防止すべき作為義務があるものといわなければならない。

(七) 違法行為及び因果関係

しかしながら、前記食品衛生監視員は、前記注意義務を怠り漫然と被告カネミ製油部の営業施設の見学程度の監視しか行なわなかつたため、右脱臭工程の器具の補修の状況に何ら疑いを抱くこともなくその監視を終えた。

従つて、製品検査、収去その他食品衛生法第一七条所定の権限を発動することもなかつた。

ところで、右食品衛生監視員が前記注意義務を尽そうとすれば右脱臭工程中の器具補修の状況を知るためには、例えばカネクロールの使用量の推移について調査しさえすればその大要は把握し得たのである。

しかして、前記食品衛生監視員が右のごとき注意義務を尽せば、右脱臭工程中の器具の破損及びそれにともなう食品への異物(塩化ジフエニール)の混入は容易に察知できたのである。

従つて、右食品衛生監視員は、前記作為義務を尽し、食品衛生法第一七条所定の収去等を行なわなければならなかつたのであり、そうすれば数日を経ずして昭和四三年二月上旬に製造されたカネミライスオイル中に塩化ジフエニールの混入していることは明らかとなり本件油症事件の発生は未然に防止することができた。

(八) 厚生大臣及び北九州市長の違法行為

(1) 厚生大臣の違法行為

(イ) 厚生大臣の食品衛生法上の権限

厚生大臣は、内閣の下における衛生行政の最高機関である厚生省の長として衛生行政について必要な厚生省令、厚生省告示を発し関係機関ないし職員を指揮監督するなどの権限を有している(内閣法第三条、国家行政組織法第五条、第一〇条、第一二条、第一四条、第一六条参照)。

従つて、食品衛生法もまた厚生大臣に種々の権限を附与している。

(ロ) 食品衛生行政の現状

近年における食品工業の発展に併う新製品の出現、製造加工工程の複雑化等をみれば、これに即応した食品衛生行政体制の整備はもはや焦眉の急である。

とくに、食品衛生行政の第一線機関である食品衛生監視員による監視体制の強化の必要性は各力面から強く指摘されているところである。

(ハ) 違法行為

このような状況にある場合、厚生大臣としては、前記の職責を果すため食品製造工程において特に危険物質を使用する営業等については、規制ならびに監視体制を強化すべく厚生省令、告示等を発し、或は指示・通達を出すなどして地方自治および第一線の食品衛生監視員を指導すべき義務があるのにこれを怠り漫然放置していたものである(ちなみに本事件発生後昭和四四年七月にいたり食品衛生法施行令、同施行規則の一部を改正し食用油脂製造業について規制を強化している)。

(2) 北九州市長の違法行為

前述のとおり北九州市の区域内において食品衛生法上の行政事務の第一次的責任は、北九州市長にあるのである。

従つて、北九州市長は、食品衛生監視員がその職務上の義務を充分果すよう指導監督し、且つ充分果しうる体制を確保すべき責任を負つている。

しかし、北九州市においては食品衛生監視員の数は監視対象施設数に比し極めて少数であり、予算も極めて低額である。

いいかえれば、充分な食品衛生監視をしうる体制にはまつたくなかつたのである。

しかし、北九州市長は、漫然とこの状態を放置しつづけてきた。

これは、前述した北九州市長の食品衛生法上の責任よりみれば、明らかに同法上の義務に違反した違法な態度といわなければならない。

(九) 結論

以上明らかなように本件油症事件は、未然に防止しえたにも拘らず、前記食品衛生監視員・北九州市長および厚生大臣がこれを尽さなかつたため発生したものである。

しかして、右違法行為により原告らは、後記のとおり各損害を蒙つた。

従つて、被告国は、国家賠償法第一条第一項により、右損害を賠償する責任があり、被告北九州市は、右のとおり本件事故発生につき被告国に責任があることを前提として、食品衛生に関する業務の実施について食品衛生法第二六条により必要な費用を負担することになつているから、国家賠償法第三条第一項により被告国とは別個に本件について責任を負う。

5  被告鐘淵の責任

前記2で述べたとおりカネクロール四〇〇を食品工業において熱媒体として使用することは極めて危険であり、被告鐘淵は、カネクロールの製造販売を行う者としてカネクロール四〇〇の化学的諸性質を熟知し、従つて食品工業において熱媒体として使用することの危険性をも充分認識していた。

そこで、被告鐘淵としては、このような危険性を有するカネクロールを食品工業に対して熱媒体として使用すべく販売に供してはならなかつたのであり、もし食品工業の熱媒体として販売に供する場合には、その危険性を明示予告し、且つ取扱については万全の措置を講ずるよう指示すると共に、その後の製造過程における機器の保全、点検、使用器材の選択等にわたつて万全の注意を促すよう配慮すべき義務がある。

しかるに、被告鐘淵は、カネクロールが食品工業の製造工程中において加熱媒体として使用されていることを熟知しながら販売に当つて右の如き注意を促す措置を講じないばかりでなく、「カネクロールはもつとも秀れた有機熱媒体として鐘淵が自信をもつておすすめできる製品で、ここ一〇年間に化学工業はもちろんのこと、合成繊維工業、食品工業等に広範にわたつて御使用賜わつております。」し、「その取扱いについては、伝熱管の腐食される心配はなく、従つて伝熱管はガス管程度で充分であり腐食を心配してステンレス管などを利用する必要がないこと、更にその毒性については、若干の毒性はあるが実用上問題がない。」などと宣伝し以つて被告カネミに対し米ぬか油脱臭工程において熱媒体としてカネクロール四〇〇を使用せしめ、且つその保全、点検、使用器材の選択、製品検査に対する注意義務の施行を誤まらせ、その結果、脱臭工程のステンレス製蛇管(伝熱管)に腐食孔を生ぜしめてカネクロール四〇〇をライスオイルに混入させ、よつて本件被害を発生せしめたものであるから、原告らの後記各損害を賠償すべき義務を負う。

6  原告らの蒙つた損害

(一) 包括、一律請求

(1) カネミ油症の被害者は、当初原因が判明せず、全身の吹出物・皮膚の変色・脱毛等の諸症状のため、社会からは奇病として白眼視され、はかりしれない精神的苦痛を蒙つた。

被害者は、原因が判明したあとも塩化ジフエニールが体内脂胞組織と親和性があるため、被害者の体内の諸器官組織に沈着して内蔵諸器官の障害を誘発し、しかも塩化ジフエニールの体外排出も殆どなく体内を移行するため、症状は一進一退を繰返し、更に動脈硬化・高血圧・狭心症・神経痛・しびれ等の続発症を生ずる例も多く、今なお多数の被害者が吸出物・頭痛・腹痛・胃・腸・肝臓・呼吸器等の内臓障害を伴う全身性疾患で苦しんでおり、死亡していつた被害者も既に三〇名を越えている。しかもその死亡例中、半数近くが悪性肉腫いわゆる癌で死亡しており、被害者の癌に対する不安感は、それによる死亡者が増えるたびに増している。

他方では、油症の母親からその胎盤を通して油症新生児いわゆる黒い赤ちやんが次々と生まれているが、油症新生児の場合には、油症による発育未熟のため将来いかなる事態が起るか全く予測できない。

しかも、油症被害は、それが家族発症であることから被害者の苦しみは極めて深刻で幾重にも倍加されたものとなつており、更にこの油症被害の治療方法は、現代医学上まだ確実なものは何一つ開発されていない状況にある。

油症被害者は、その症状が今後どう変化していくのか不安に脅えながら、全治の見込みのないまま単に対症療法のため入院または通院を強いられている。

(2) 原告らのうち、別紙〔三〕請求債権額一覧表中の固有分の損害賠償を請求している原告ら(但し原告井藤良二((原告番号広島一七))を除く。)は、別表〔九〕(一)油症原告被害一覧表記載のとおり、カネミライスオイルを食用に供した結果、同表記載のとおり各傷害を蒙り、それぞれ油症患者であるとの認定を受けているものである。

(3) 油症患者のうち死亡したものは、別紙〔四〕死亡油症患者一覧表記載のとおりであり、その相続人は、同表死亡患者の相続人欄に記載のとおりであるところ、死亡油症患者は、別紙〔九〕(二)死亡油症患者被害一覧表記載のとおり、カネミライスオイルを食用に供した結果、同表記載のとおり各傷害を蒙り、死亡していつたものであり、いずれも油症患者であると認定された。

(4) 原告らの生活は、油症によりその根底から破壊され、家庭は崩壊し、人間の尊厳は侵され、人間としてのすべてが破壊されてしまつたのである。その被害を正しくとらえ、被害の全面的救済をはかるためには、被害を個別のものとして考えるのではなく、現実に受けている損害のすべてを総体として有機的に関連させてとらえ、包括的に認めなければならない。

右の観点に立つて、しかも、個々の油症被害者につきランク付けをする基準が存在しないのであるから、現実に受けた損害の僅か一部の填補として、各自被告らに対し、原告らのうち生存油症患者は、一律各金一、五〇〇万円の、死亡油症患者は一律各金二、〇〇〇万円の各慰藉料請求権を有する。

なお、原告井藤良二は、油症新生児である長女亜希子(昭和四四年一〇月七日生)を持つ父親として将来も続く不安と苦悩を慰藉すべき金額として、各自被告らに対し、金一〇〇万円の損害賠償を請求するものである。

(5) 死亡した油症患者の相続関係は次のとおりである。

(イ) 油症患者正岡勝信は、昭和四四年七月九日に死亡した。

同人の相続人は、父正岡寿太郎、母正岡スエ子の二名である。

原告正岡寿太郎は、右勝信の父として同人の権利の二分の一を相続した。

原告正岡スエ子は、右勝信の母として同人の権利の二分の一を相続した。

(ロ) 油症患者坂本権太郎は、昭和四四年一一月七日に死亡した。

同人の相続人は妻坂本キクエ、三女谷口チヨカ、四男坂本彰、五男佐々木千代美、四女村上一美の五名である。

原告谷口チヨカは、右権太郎の三女として同人の権利の六分の一を相続した。

原告坂本キクエは、右権太郎の妻として同人の権利の三分の一を相続した。

原告坂本彰は、右権太郎の四男として同人の権利の六分の一を相続した。

原告佐々木千代美は右権太郎の五男として同人の権利の六分の一を相続した。

原告村上一美は、右権太郎の四女として同人の権利の六分の一を相続した。

(ハ) 油症患者大川渡は、昭和四五年七月二日に死亡した。

同人の相続人は、妻大川点順こと梁女、長女加来道子の二名である。

原告大川点順こと梁女は、右渡の妻として同人の権利の三分の一を相続した。

原告加来道子は、右渡の長女として同人の権利の三分の二を相続した。

(ニ) 油症患者桃野丹治は、昭和五〇年四月三〇日に死亡した。

同人の相続人は、妻桃野ハナ、長女松山民江、長男桃野隆、二男桃野隆義の四名である。

原告松山民江は、右丹治の長女として同人の権利の九分の二を相続した。

原告桃野ハナは、右丹治の妻として同人の権利の三分の一を相続した。

原告桃野隆は、右丹治の長男として同人の権利の九分の二を相続した。

原告桃野隆義は、右丹治の二男として同人の権利の九分の二を相続した。

(ホ) 油症患者岩田ヤス子は、昭和四五年一二月二九日死亡した。

同人の相続人は、夫岩田文衛、二男岩田義夫、長女岩田美智子の三名である。

原告文衛は、右ヤス子の夫として同人の権利の三分の一を相続した。

原告岩田義夫は、右ヤス子の二男として同人の権利の三分の一を相続した。

原告岩田美智子は、右ヤス子の長女として同人の権利の三分の一を相続した。

(ヘ) 油症患者井上博文は、昭和四九年九月二日に死亡した。

同人の相続人は、妻井上五月、長男井上真一、二男井上昭二の三名である。

原告井上昭二は、右博文の二男として同人の権利の三分の一を相続した。

原告井上五月は、右博文の妻として同人の権利の三分の一を相続した。

原告井上真一は、右博文の長男として同人の権利の三分の一を相続した。

(ト) 油症患者樋口サキは、昭和四八年三月三一日に死亡した。

同人の相続人は、養子樋口泰滋一人である。

原告樋口泰滋は、右サキの養子として同人の権利を相続した。

(チ) 油症患者三吉基博は、昭和四四年七月八日に死亡した。

同人の相続人は、父三吉康廣、母三吉敦子の二名である。

原告三吉康廣は、右基博の父として同人の権利の二分の一を相続した。

原告三吉敦子は、右基博の母として同人の権利の二分の一を相続した。

(リ) 油症患者森照夫は、昭和五〇年二月一五日に死亡した。

同人の相続人は、妻森富子、長男森久幸、長女森美智子の三名である。

原告森富子は右照夫の妻として同人の権利の三分の一を相続した。

原告森美智子は、右照夫の長女として同人の権利の三分の一を相続した。

原告森久幸は、右照夫の長男として同人の権利の三分の一を相続した。

(ヌ) 油症患者高橋弘は、昭和四五年一月一八日に死亡した。

同人の相続人は、妻高橋和江、長男高橋和博、長女高橋純子、二男高橋裕次の四名である。

原告高橋和江は、右弘の妻として同人の権利の三分の一を相続した。

原告高橋和博は、右弘の長男として同人の権利の九分の二を相続した。

原告高橋純子は、右弘の長女として同人の権利の九分の二を相続した。

原告高橋裕次は、右弘の二男として同人の権利の九分の二を相続した。

(ル) 油症患者古賀シノは、昭和五一年一月一六日に死亡した。

同人の相続人は、長女緒方トリエ、二女相田スエ、二男古賀正記、四男古賀千代松、四女稗田スミエ、八男古賀正治の六名である。

原告古賀千代松は、右シノの四男として同人の権利の六分の一を相続した。

原告緒方トリエは、右シノの長女として同人の権利の六分の一を相続した。

原告相田スエは、右シノの二女として同人の権利の六分の一を相続した。

原告古賀正記は、右シノの二男として同人の権利の六分の一を相続した。

原告稗田スミエは、右シノの四女として同人の権利の六分の一を相続した。

原告古賀正治は、右シノの八男として同人の権利の六分の一を相続した。

(ヲ) 油症患者渡辺儀一は、昭和四四年一二月一三日に死亡した。

同人の相続人は妻渡辺アイ、養子渡辺リイの二名である。

原告渡辺アイは、右儀一の妻として同人の権利の三分の一を相続し、右リイは、右儀一の養子として同人の権利の三分の二を相続したところ、その後昭和四四年一二月二〇日に、右リイは、自己の相続分を原告渡辺アイに譲渡したので、同原告が右儀一の全部について相続分を有する。

右債権譲渡の通知は、原告ら準備書面(第一二回)によつてなした。

(ワ) 油症患者永尾金蔵は、昭和四六年三月二五日に死亡した。

同人の相続人は、妻永尾ムメ、長男出口清光、長女永尾ソヤ、二男永尾茂四郎、二女永尾ツル子、三男永尾八十吉、三女田上タネ子、四男永尾丈一、七男永尾幸助、四女永山ユキ子、養子永尾友蔵の一一名であつた。

永尾ムメは、右金蔵の妻として同人の権利の三分の一を相続した。

原告出口清光は、右金蔵の長男として同人の権利の一五分の一を相続した。

原告永尾ソヤは、右金蔵の長女として同人の権利の一五分の一を相続した。

原告永尾茂四郎は、右金蔵の二男として同人の権利の一五分の一を相続した。

原告永尾ツル子は、右金蔵の二女として同人の権利の一五分の一を相続した。

原告永尾八十吉は、右金蔵の三男として同人の権利の一五分の一を相続した。

原告田上タネ子は、右金蔵の三女として同人の権利の一五分の一を相続した。

原告永尾丈一は、右金蔵の四男として同人の権利の一五分の一を相続した。

原告永尾幸助は、右金蔵の七男として同人の権利の一五分の一を相続した。

原告永山ユキ子は、右金蔵の四女として同人の権利の一五分の一を相続した。

永尾ムメは、昭和四六年四月三日に死亡した。

同人の相続人は、長男出口清光、長女永尾ソヤ、二男永尾茂四郎、二女永尾ツル子、三男永尾八十吉、三女田上タネ子、四男永尾丈一、七男永尾幸助、四女永山ユキ子、養子永尾友蔵の一〇名である。

原告出口清光は、右ムメの長男として同人の権利の一〇分の一(永尾金蔵の権利の三〇分の一)を相続した。よつて、先の相続分と合わせて永尾金蔵の権利の一〇分の一の相続分を有する。

原告永尾ソヤは、右ムメの長女として同人の権利の一〇分の一(永尾金蔵の権利の三〇分の一)を相続した。よつて、先の相続分と合わせて永尾金蔵の権利の一〇分の一を相続分を有する。

原告永尾茂四郎は、右ムメの二男として同人の権利の一〇分の一(永尾金蔵の権利の三〇分の一)を相続した。よつて、先の相続分と合わせて永尾金蔵の権利の一〇分の一の相続分を有する。

原告永尾ツル子は、右ムメの二女として同人の権利の一〇分の一(永尾金蔵の権利の三〇分の一)を相続した。よつて、先の相続分と合わせて永尾金蔵の権利の一〇分の一の相続分を有する。

原告永尾八十吉は、右ムメの三男として同人の権利の一〇分の一(永尾金蔵の権利の三〇分の一)を相続した。よつて、先の相続分と合わせて永尾金蔵の権利の一〇分の一の相続分を有する。

原告田上タネ子は、右ムメの三女として同人の権利の一〇分の一(永尾金蔵の権利の三〇分の一)を相続した。よつて、先の相続分と合わせて永尾金蔵の権利の一〇分の一の相続分を有する。

原告永尾丈一は、右ムメの四男として同人の権利の一〇分の一(永尾金蔵の権利の三〇分の一)を相続した。よつて、先の相続分と合わせて永尾金蔵の権利の一〇分の一の相続分を有する。

原告永尾幸助は、右ムメの七男として同人の権利の一〇分の一(永尾金蔵の権利の三〇分の一)を相続した。よつて、先の相続分と合わせて永尾金蔵の権利の一〇分の一の相続分を有する。

原告永山ユキ子は、右ムメの四女として同人の権利の一〇分の一(永尾金蔵の権利の三〇分の一)を相続した。よつて、先の相続分と合わせて永尾金蔵の権利の一〇分の一の相続分を有する。

(カ) 油症患者中村恒一は、昭和五〇年八月二八日に死亡した。

同人の相続人は、妻中村タカ、長男中村昭治、二男中村敏之、長女松崎麗子、三女中村静代、四男中村武漢、四女中村敦子の七名である。

原告中村タカは、右恒一の妻として同人の権利の三分の一を相続した。

原告中村昭治は、右恒一の長男として同人の権利の九分の一を相続した。

原告中村敏之は、右恒一の二男として同人の権利の九分の一を相続した。

原告松崎麗子は、右恒一の長女として同人の権利の九分の一を相続した。

原告中村静代は、右恒一の三女として同人の権利の九分の一を相続した。

原告中村武漢は、右恒一の四男として同人の権利の九分の一を相続した

原告中村敦子は、右恒一の四女として同人の権利の九分の一を相続した。

(ヨ) 油症患者貞方賢は、昭和四七年九月二四日に死亡した。

同人の相続人は、妻貞方ツル、長女貞方美佐保、長男貞方英起、二男貞方智起、三男貞方孝起、二女貞方宣子、三女貞方いそのの七名である。

原告貞方美佐保は、右賢の長女として同人の権利の九分の一を相続した。

原告貞方ツルは、右賢の妻として同人の権利の三分の一を相続した。

原告貞方英起は、右賢の長男として同人の権利の九分の一を相続した。

原告貞方智起は、右賢の二男として同人の権利の九分の一を相続した。

原告貞方孝起は、右賢の三男として同人の権利の九分の一を相続した。

原告貞方宣子は、右賢の二女として同人の権利の九分の一を相続した。

原告貞方いそのは、右賢の三女として同人の権利の九分の一を相続した。

(タ) 油症患者江上キクは、昭和四六年四月一八日に死亡した。

同人の相続人は、夫江上文吉、長男江上茂雄、二男江上直、四男江上一二三、五男江上吉助、三女前島トメの六名であつた。

江上文吉は、右キクの夫として同人の権利の三分の一を相続した。

原告前島トメは、右キクの三女として同人の権利の一五分の二を相続した。

原告江上茂雄は、右キクの長男として同人の権利の一五分の二を相続した。

原告江上一二三は、右キクの四男として同人の権利の一五分の二を相続した。

原告江上直は、右キクの二男として同人の権利の一五分の二を相続した。

原告江上吉助は、右キクの五男として同人の権利の一五分の二を相続した。

江上文吉は、昭和五〇年九月一二日に死亡した。

同人の相続人は、長男江上茂雄、二男江上直、四男江上一二三、五男江上吉助、三女前島トメの五名である。

原告前島トメは、右文吉の三女として同人の権利の五分の一(江上キクの権利の一五分の一)を相続した。よつて、先の相続分と合わせて江上キクの権利の五分の一の相続分を有する。

原告江上茂雄は、右文吉の長男として同人の権利の五分の一(江上キクの権利の一五分の一)を相続した。よつて、先の相続分と合わせて江上キクの権利の五分の一の相続分を有する。

原告江上一二三は、右文吉の四男として同人の権利の五分の一(江上キクの権利の一五分の一)を相続した。よつて、先の相続分と合わせて江上キクの権利の五分の一の相続分を有する。

原告江上直は、右文吉の二男として同人の権利の五分の一(江上キクの権利の一五分の一)を相続した。よつて、先の相続分と合わせて江上キクの五分の一の相続分を有する。

原告江上吉助は、右文吉の五男として同人の権利の五分の一(江上キクの権利の一五分の一)を相続した。よつて、先の相続分と合わせて江上キクの権利の五分の一の相続分を有する。

(レ) 油症患者濱村留吉は、昭和四七年一〇月二六日に死亡した。

同人の相続人は、妻濱村タセ、養子田中チエ子、二女松野尾若恵、三女濱村わか子、長男濱村光敏、四女濱村よし子、二男濱村洋也、五女濱村ふみ子、七女濱村恵美子、三男濱村春吉の一〇名である。

原告田中チエ子は、右留助の養子として同人の権利の二七分の二を相続した。

原告松野尾若恵は、右留助の二女として同人の権利の二七分の二を相続した。

原告濱村わか子は、右留助の三女として同人の権利の二七分の二を相続した。

原告濱村タセは、右留助の妻として同人の権利の三分の一を相続した。

原告濱村光敏は、右留助の長男として同人の権利の二七分の二を相続した。

原告濱村よし子は、右留助の四女として同人の権利の二七分の二を相続した。

原告濱村洋也は、右留助の二男として同人の権利の二七分の二を相続した。

原告濱村ふみ子は、右留助の五女として同人の権利の二七分の二を相続した。

原告濱村恵美子は、右留助の七女として同人の権利の二七分の二を相続した。

原告濱村春吉は、右留助の三男として同人の権利の二七分の二を相続した。

(ソ) 油症患者江上ひとみは、昭和四八年一二月一日に死亡した。

同人の相続人は父江上長之助、母江上満乃の二名である。

原告江上長之助は、右ひとみの父として同人の権利の二分の一を相続した。

原告江上満乃は、右ひとみの母として同人の権利の二分の一を相続した。

(ツ) 油症患者の江上モトは、昭和五〇年九月一一日に死亡した。

同人の相続人は、長男江上吉五郎(昭和一四年六月二一日死亡)の長女永田久枝と長男江上直勝、長女岩村ミ子、二女池口ヤヨ、二男江上八蔵、三女江上イキエの六名である。

原告永田久枝は、右モトの長男の長女として、同人の権利の一〇分の一を代襲相続した。

原告江上直勝は、右モトの長男の長男として、同人の権利の一〇分の一を代襲相続した。

原告岩村ミ子は、右モトの長女として同人の権利の五分の一を相続した。

原告池口ヤヨは、右モトの二女として同人の権利の五分の一を相続した。

原告江上八蔵は、右モトの二男として同人の権利の五分の一を相続した。

原告江上イキエは、右モトの三女として同人の権利の五分の一を相続した。

(ネ) 油症患者前島ハツは、昭和五〇年二月二日に死亡した。

同人の相続人は、長女小田ミツエ(昭和一四年一二月二一日死亡)の長男小田敏一、二女内川トミ、長男前島芳雄、七女増田英子、二男前島登、三男前島久人、八女前島鈴子、四男前島澄雄の八名である。

原告小田敏一は、右ハツの長女の長男として同人の権利の八分の一を代襲相続した。

原告内川トミは、右ハツの二女として同人の権利の八分の一を相続した。

原告増田英子は、右ハツの七女として同人の権利の八分の一を相続した。

原告前島登は、右ハツの二男として同人の権利の八分の一を相続した。

原告前島久人は、右ハツの三男として同人の権利の八分の一を相続した。

原告前島鈴子は、右ハツの八女として同人の権利の八分の一を相続した。

原告前島澄雄は、右ハツの四男として同人の権利の八分の一を相続した。

原告前島芳雄は、右ハツの長男として同人の権利の八分の一を相続した。

(ナ) 油症患者永田ハツは、昭和四四年一〇月二日に死亡した。

同人の相続人は、長女水谷八重子、二女永田まり子、三女永田留美子、長男永田勝幸、二男永田昭次の五名である。

原告水谷八重子は、右ハツの長女として同人の権利の五分の一を相続した。

原告永田勝幸は、右ハツの長男として同人の権利の五分の一を相続した。

原告永田昭次は、右ハツの二男として同人の権利の五分の一を相続した。

原告永田まり子は、右ハツの二女として同人の権利の五分の一を相続した。

原告永田留美子は、右ハツの三女として同人の権利の五分の一を相続した。

(ラ) 油症患者北島秋夫は、昭和四七年一月一九日に死亡した。

同人の相続人は、妻北島オリエ、長女山崎郁子、二女渡邊唯子、長男北島醇二、二男北島誠之、三男北島諒三、四男北島篤の七名である。

原告北島オリエは、右秋夫の妻として同人の権利の三分の一を相続した。

山崎郁子、渡邊唯子、北島醇二、北島誠之、北島諒三、北島篤は同人の実子としてそれぞれ同人の権利の九分の一を相続した。

その後、昭和四七年一月三一日に山崎郁子、渡邊唯子、北島醇二、北島誠之、北島諒三、北崎篤はそれぞれの相続分を原告北島オリエに譲渡した。

よつて、原告北島オリエは、北島秋夫の権利の全部についての相続分を有する。

右債権譲渡の通知は、原告ら準備書面(第一一回)によつてなした。

(ム) 油症患者池田久江は、昭和四四年七月四日に死亡した。

同人の相続人は、夫池田聡、長男池田純夫、長女池田圭子、二女池田小夜子、養子上本一恵の五名である。

原告池田聡は、右久江の夫として同人の権利の三分の一を相続した。

原告池田純夫は、右久江の長男として同人の権利の六分の一を相続した。

原告池田圭子は、右久江の長女として同人の権利の六分の一を相続した。

原告池田小夜子は、右久江の二女として同人の権利の六分の一を相続した。

右(イ)ないし(ム)記載の相続関係により、別紙〔四〕死亡油症患者一覧表記載の死亡患者の相続人たる原告らは、死亡油症患者の被告らに対する前記損害賠償請求権につき、それぞれ別紙〔三〕請求債権額一覧表相続分欄記載の債権を取得した。

(二) 弁護士費用

別紙〔三〕請求債権額一覧表の欄記載の各原告は、カネミ油症事件弁護団長弁護士内田茂雄らに対し、本件訴訟第一審終結の際にその訴訟代理委任に基づく報酬として、同目録欄の合計金額の一割に相当する同表欄記載の各金員を支払うことを約した。

7  結論

よつて、原告らは、各自被告ら(但し、原告大川点順こと梁女については被告カネミ倉庫株式会社、同加藤三之輔を除く。)に対し、別紙〔三〕請求債権額一覧表の欄記載の各損害金(同表欄記載の各金額の合計額)及びこれに対する不法行為発生の日の後である昭和四三年一一月一日より各支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する被告らの答弁

(被告カネミ、被告加藤)

1  請求原因1の(一)の事実は不知、同1の(二)の事実は認める。同1の(三)の事実中、被告加藤が被告カネミの代表取締役であること、被告加藤が昭和四〇年一一月まで名目上本社製油部工場長を兼務していたこと、以上の事実は認めるが、被告加藤が被告カネミの製油部担当取締役であつたとの原告らの主張事実は否認する。

被告加藤には科化学的素養も知識もないので、製油関係については専ら森本義人が、訴外三和からの製油技術導入に当り米ぬか油精製油の製造を開始した昭和三六年四月からは同人が工場長代理兼精製課長として、訴外三和からの米ぬか油精製技術導入に専任していたのであり、被告加藤は、米ぬか油製造に関しては実質的に関与していない。

2  請求原因2、3について

(一) 米ぬか油の製造工程

被告カネミにおける米ぬか油精製油の製造工程は、先ず、原料米ぬか購入につき検査を行い合格品のみを選別工場に送り米ぬか以外の藁くづ、小石、砕米等の夾雑物を除去した上で乾燥工程を経て抽出罐に入れ、溶剤ノルマルヘキサンを使用して米ぬか原油と脱脂ぬかとに分別する。抽出分別された米ぬか原油は、メタポリ燐酸ソーダを加え遠心分離機によつてガム質を分離する。これを脱ガム油と称し、必要に応じて水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)液を適量添加攪拌加熱後更に遠心分離機によりフーツー(石ケン分)と脱酸油とに分別する(フーツーは、硫酸を添加して水蒸気攪拌し分解後ダーク油となり、工業用原料として使用される)。

脱酸油は、湯洗を行い湯洗油となり粗脱蝋室内の結晶タンク(冷却タンク)で三、四日間で自然に摂氏一五度ないし二〇度に冷却させて過袋(綿布製袋)を通過させ、粗脱蝋油と粗蝋油とに分別する(粗蝋油は再度含油分を除去し粗蝋として工業用原料に使用される)。

粗脱蝋油に活性白土を加え減圧下に加熱攪拌過して脱色油とする。

脱色油は、脱臭罐において脱臭工程を経て脱臭油となり、更にウインター工程(三、四日間で脱臭油を摂氏三度ないし五度まで自然冷却し過する)により固体脂を多量に含む油と液状油に分別する。

固体脂を多く含む油は、加熱溶解後過してフライ油とし、液状油は、紙により仕上げ過を行い加熱攪拌しつつアンチコール、シリコンを添加し製品試験後、各々の性状によりサラダ油、白絞油、天プラ油等に分けられ、ローリー、ドラム、罐、びん結め製造番号、年月日を記して製品とする。

(二) 請求原因3の事実はすべて争う。

(1) 被告カネミの米ぬか油製造は、訴外三和の創案に係る装置と技術を導入し、その指導の下に昭和三四年一一月から米ぬか油原油の製造を開始したが、その装置の設計、製作、据付、技術指導は全部訴外三和によつて行われ、次いで昭和三六年四月から米ぬか油精製油の製造を開始したが、前回同様その装置の設計、製作、据付、技術の導入は一切訴外三和によつて行われ、訴外三和の指導の下に米ぬか油精製油の製造に当つていたものである。

(2) 米ぬか油精製油製造作業の周期は、毎周月曜日の午前八時に始まり日曜日の午前八時に終り一日二交替制である。

そして毎週始業時には各脱臭罐全部に通ずる位牌型マノメーターと各脱臭罐毎に備付けられた位牌型マノメーター及び各脱臭罐の上蓋に取付けられた真空ゲージによる真空テストを実施し、予熱罐、脱臭罐、冷却罐を水銀柱三ないし四ミリまで罐内を減圧して、上蓋上部フランヂに取り付けられた六吋ストツプバルブを締めて、その減圧の維持状態、即ち装置の空気洩れの有無を検査する。

右のように二重、三重に装置の故障の有無をチエツクしていたので、万一装置に故障があれば、減圧状態の持続が失われ気圧の高騰により直ちに故障が発見出来るから、そのような時は点検し故障個所が発見出来るので、被告カネミは常に右に述べたような措置をとつていた。

(3) 米ぬか油精製油の製造工程は、前記のとおりであるが、製品検査は日本油脂化学協会刊行の油脂化学便覧所定の検査方法に基づき、

(イ) 抽出油を一釜毎に資料を一部抜取り被告カネミの試験室(以下試験室と略称)において水分、酸価、夾雑物の検査

(ロ) 脱ガム油は二〇トンタンク単位で資料を抜取つて試験室で酸価試験

(ハ) 湯洗油は一〇トンタンク単位で一部資料を抜取り試験室で酸価試験を主として必要に応じて水分の試験

(ニ) 粗脱蝋油は一〇トンタンク単位で一部資料を抜取り試験室で酸価、色相、発煙点、曇点試験

(ホ) 脱色油は一〇トン単位で一部資料を抜取り試験室で色相、酸価、曇点、発煙点試験

(ヘ) 脱臭油は脱臭係員昼夜交替後の各脱臭罐精製油の最初の製品については、脱臭油を脱臭罐から冷却タンクに入れ、これを更に脱臭油受タンクに入れる途中で脱臭油の一部を抜取つて試験室に持参し、酸価検査を主とし、ときに応じ色相、発煙点の検査を受け合格した後は第二回目からの精製油については、各脱臭罐毎に脱臭油の一部をサンプリングしたものを昼夜勤毎に採取し、試験室に届けて色相、酸価、曇点、発煙点、風味の検査

(ト) ウインター作業の最終仕上げフイルタープレスより過されたウインター油の酸価、色相、風味試験

(チ) 最後にびん詰、罐詰前に各貯蔵タンク毎に一部資料を抜取り、試験室で色相、酸価、曇点、発煙点 風味の試験を各実施する他に現場に於ても脱臭油を抜取り風味試験をする。

このように各製造段階で、それぞれの試験検査を行つていたもので、被告カネミが米ぬか油製造工程中に過失があつたとか、製品検査を怠つたとかの原告らの被告カネミに対する非難はいずれも失当である。

(4) 被告カネミは、被告鐘淵がカネクロールの毒性を厳重に秘匿していたため、その毒性を知りえず、また同被告より製品油中にカネクロールを絶対混入させてはならないこと及び混入した場合の検査方法についても何等の注意もされず、却つて、一般にカネクロールは金属腐食性がないから、配管を腐食して被加熱物体である食用油中に混入するようなことはないと考えられていた。

被告カネミは、一般米ぬか油製造業者と同じくカネクロールの毒性を全く知らなかつたし、その知らなかつたことについても全く過失がなかつたから、そのような被告カネミに対し、その毒性に基づき発生すべき一定の結果を予見しえたとし、その結果を回避するために必要な注意義務を尽すことを命ずるのは、法の立場からは到底容認できないところというべきである。

本件油症事件の発生は、被告鐘化において、カネクロールの毒性及び金属腐食性に関する充分な調査研究をなし、その知りえた情報を全面的に公開し、需要家に対してその特性に関する注意ないし警告をなすべき義務があるのに、これをすべて怠つた同被告のみの責任に帰せられるべきであり、被告カネミには何らの責任もない。

(5) 代理監督者責任を認めるためには、代表取締役または名目上の工場長というだけでなく実質的に使用者に代つて被用者の事業の執行を監督する地位にある者でなければならない。

従つて、既に述べた通り米ぬか油製造に関し実質的に被用者を選定、監督していたのは訴外森本義人であつて、被告加藤には代理監督者責任はない。

また、代理監督者責任とは、企業で働く被用者がその業務の過程で第三者に損害を与えたとき、その被用者を企業に代つて監督する立場にある者に対し認められる責任と解されるところ、原告らは、被告カネミの従業員の特定の不法行為を主張立証してないから、この点において既に原告らの被告加藤に対する請求は棄却されるべきである。

3  請求原因6の事実は争う。但し、同6の(5)の相続関係のみは(ハ)を除き認める、同(ハ)は不知、なお、同(ヲ)及び(ラ)の債権譲渡は争う。

(被告鐘化)

1  請求原因1の事実中(五)の事実はこれを認めるが、同1の(一)は不知。

2  請求原因2の事実について。

(一)(1) 同2の事実について。

カネクロールは、塩化ジフエニールまたは塩化トリフエニールを成分とするものであり、塩化トリフエニールを成分とするのはカネクロールCだけである。

カネクロール四〇〇にはその製造工程において吹き込まれた塩素がそのまま残存することはない。カネクロール四〇〇は、その製造工程において吹き込まれた塩素のうちジフエニール中の水素と置換しなかつた未反応の塩素を完全に除去して精製されるからである。

カネクロール四〇〇は、加熱されて高温になると極く微量の塩化水素を発生することがある。

その余は認める。

(2) 同2の(三)の事実について。

カネクロール四〇〇を食品工業の熱媒体として使用することは極めて危険であるとの点は争う。

(二) 同2の(三)の(1)の事実について。

およそ金属にして厳密な意味で劣化、亀裂の可能性のないものはないとしても伝熱管の場合、その設計、製作、運転管理等が適正であれば実用上問題とならない

またカネクロール四〇〇を使用する熱媒装置の設計、製作、運転管理等が適正であれば、塩酸による伝熱管の腐食もない。と言うのはカネクロール四〇〇を熱媒体として使用する場合、その装置は密閉型であり、しかも伝熱管内は水を溶かさず水より比重が重い高温のカネクロールで完全に充たされているため、水分が入り込むことはなく、カネクロール四〇〇が加熱されて高温となり、塩化水素を発生したとしても、その量は極く微量であり、伝熱管内は前記のとおり高温、無水の状態であるため、塩化水素は乾燥状態のまま装置の最高所に設置されるエキスパンジヨンタンクの排気口より外部に排出されるからである。

(三) 同2の(三)の(2)の事実について。

食品にカネクロール四〇〇が混入していて人体に摂取された場合には人体に有害な作用を及ぼすとの点は認める。

しかし、カネクロール四〇〇は、たとい毒性があるとしても、前述のとおり、熱媒装置の設計、製作、運転管理等が適正であれば、伝熱管の劣化、亀裂、腐食は問題とならないのであるから、これを食品工業の熱媒体として使用してはならないということはない。

3  請求原因5の事実について。

(一) 従来食品工業において、古くは直火方式の加熱、蒸気加熱があり、また下つてはいろいろの有機熱媒体(いずれも有毒)が使用されてきた。

被告鐘化においては、不燃性で、優秀な熱安定性があり、常圧循環、高温で使用できるという特徴をもつたカネクロールを製造販売するにいたり熱媒体として多くの工業に使用され、わが国工業界に貢献して来たのである。たとい毒性があるとしても前述のとおり、熱媒装置の設計、製作、運転管理等が適正であればカネクロール四〇〇を食品工業の熱媒体として使用しても何らの危険性はなく、これを食品工業に使用してはならないということはない。

(二) ところで、カネクロール四〇〇を実際使用する場合には、各事業者において、その性質に従い、使用目的に応じて、それぞれ独自の方針、技術を織込んだ機械設備と運転方法により使用するのであるから、熱媒装置の設計、製作、運転管理等はいづれも、カネクロール四〇〇を使用する各事業者の専権に属するところであり、単にカネクロール四〇〇を製造販売するに止まる被告鐘化としてはこれらに関係はないのである。

しかし、製造販売する側として、熱媒体としての適正な効果を挙げるよう、カネクロール四〇〇の性質等についての説明をし所要の注意を喚起しているのである。

(三) そこで、まず、カネクロールは毒物及び劇物取締法にいわゆる毒物、劇物ではないけれども、化学工業薬品であり芳香族ジフエニールの塩素化物であるから毒性があることを明示すると共にカネクロールの熱媒装置は密閉型であり、それが正常であれば作業員がカネクロールまたはその蒸気に触れることはない筈であり実用上問題はないけれども、万一作業員がこれに触れたりする事態が生じたときは人体に悪い影響を及ぼすから直ちに適宜の処置をするよう注意を喚起しているのである。この注意から推して、カネクロールが経口摂取される場合の危険なことはあえて説明するまでもなく容易に判断しうる自明のことである。従つて、いやしくも食品工業者である以上は、食品中に右のような性質のものが混入し経口摂取される結果を招来しないよう常に万全の注意をすべきは当然である。

(四) その余の点は争う。

4  請求原因6の事実は争う。但し、同6の(5)の相続関係のみは(ハ)を除き認める。同(ハ)は不知。なお、同(ヲ)及び(ラ)の債権譲渡は争う。

5  被告鐘化には原告ら主張の賠償義務はない。

塩化ジフエニールは、工業薬品として欧米では古くから使用されていたので、職業病的観点から毒性について内外において深く調査され、その結果、急性毒性は低毒性であり、かつ作業環境上長期の使用であつても塩化ジフエニールの蒸気を長時間多量に吸収しないようにして作業すれば労働衛生上支障はないとの結果がえられており、世界的に右のような認識のもとに使用されていたし、右の毒性に注意しこれを安全に使用するように取扱うことは古くから確立していたのである。

また工業薬品は大なり小なり毒性を有することは常識となつており、またたとえ毒性が知られてなくとも、工業薬品を食品に混入しないよう取扱うこと及びそのために設備管理や製品管理等を行うことも当然社会的に確立していたことである。まして、被告鐘化はカタログの記載においてもカネクロールに若干の毒性があることを述べ、その大量の蒸気に長時間曝されることは有害である旨明記し、これを知つている被告カネミとしては、食品添加物でなく、若干の毒性をもつカネクロールを食品に混入しないよう取扱う、食品製造業者としての社会的及び法的絶対義務を負つていたものであり、本件油症事件の発生は無謀にも右義務を怠り、本来食品に混入すべきものではなく、単なる熱媒のための工業薬品であるカネクロールを食品中に混入させ、これを検査することなく消費者に販売し、食品製造業者として消費者に対する安全保障の信頼を裏切つた被告カネミの過失に起因するものであつて、その責は、食品に混入することを前提としない熱媒体を販売したにすぎない被告鐘化に及ぶ謂れがない。

(被告国、同北九州市)

1  請求原因1の事実について。

(一)同1の(一)の事実中、「油症」被害のため死亡したことは否認する。その余の事実は認める。

(二) 同1の(二)の事実は認める。

(三) 同1の(三)の事実中被告加藤三之輔が、カネミ倉庫株式会社の代表取締役であることは認め、その余は不知。

(四) 同1の(四)の事実は認める。

2  請求原因2の(一)の事実は認める。

3  請求原因4の事実について。

(一) 同4の(一)ないし(三)の事実は認める。

(二) 同4の(四)の事実は認める。但し、監視回数は基準としての意味を有するにとどまる。

(三) 同4の(五)の事実中、被告カネミ製油部の脱臭工程中の脱臭塔のステンレス製蛇管に腐食孔が生じており、そのため蛇管内に熱媒体として使用されていた塩化ジフエニールが管外の「ライスオイル」中に混入したこと、及び小倉保健所の食品衛生監視員が被告カネミの施設の監視を行なつたことは認める。(但し、混入油は二月五、六、七日製造の分に限られる)。その余は否認。

(四) 同4の(六)の事実中、食品衛生監視員が施設の監視を食品衛生監視票に基づいて行うこと、同票に「補修はよいか」の項目があることは認め、その余は争う。

(五) 同4の(七)の事実中、食品衛生法第一七条所定の権限を発動しなかつたことは認め、その余は否認。

(六)(1) 同4の八の(1)の事実中、厚生大臣の食品衛生行政上の権限は認め、その余は争う。

(2) 同4の(八)の(2)の事実中、北九州市長が北九州市の区城内における食品衛生法上の行政事務の責任者として、食品衛生監視員を指導監督し、食品衛生監視体制を確保すべき責任を有することは認め、その余は否認。

(七) 同4の(九)の事実中、被告北九州市が、食品衛生に関する業務の実施について食品衛生法第二六条により必要な費用を負担することになつていることは認めるが、その余の主張は争う。

4  請求原因6の事実について。

(一) 同6の(一)の事実中、被告カネミが製造したカネミライスオイルに、その製造にあたり熱媒体として使用していた塩化ジフエニールが混入し、これを摂取したものに塩化ジフエニールのため吹出物・皮膚の変色脱毛の症状が生じたこと、塩化ジフエニールが体内脂胞組織と親和性があり、現在なお油症被害の治療方法として確実なものが開発されていないことは認めるが、その余は不知。

(二) 同6の(2)、(3)の事実は認める。但し、同6の(3)の事実中油症被害のため死亡したことは否認する。

(三) 同6の(4)の事実は争う。

(四) 同6の(5)の相続関係のみは(ハ)を除き認める。同(ハ)は不知。なお、同(ヲ)及び(ラ)の債権譲渡は争う。

(五) 同6の(二)の事実は争う。

5  被告国、同北九州市には原告ら主張のような賠償義務はない。

(一) (食品衛生法による権限と国家賠償責任)

食品の販売及び販売の用に供するための製造加工等は、元来何人も自由にこれをなしうるものであるが、食品衛生法は飲食による衛生上の危害の発生を防止し、公衛衛生の向上及び増進をはかるため、食品の販売及び製造加工等について種々の規制を定めている。そして同法に定められている厚生大臣、都道府県知事、特定の市長の検査等の権限は、その一環をなすものである。これを食品の製造加工について見ると、業者が食品を販売の目的で製造加工する場合に、法律及び命令で定められた基準に合致しない施設による製造加工等を禁止し、右基準に合致するものに限り、都道府県知事又は政令指定都市の長の許可によりこれが禁止を解除する(法第二〇、第二一条)とともに、右基準に合致した衛生安全状態が保持されているか否かについて食品衛生監視員の監視、指導をうけるべきものとされている。

しかしながら、食品衛生法上の厚生大臣等の行政庁がその権限を適正に行使すべきであることはいうまでもないが、その責任はもつぱら政治的行政的責任である。食品衛生法が食品の製造加工業者に対して許可、監視等の規制をすることによつて、一般国民は安全な食品を入手しうるという利益をうけるが、それは、国が製造工業者を規制することによつて得られる事実上の、または反射的な利益に過ぎない。

国としては、国民に対し食中毒その他の危害のある食品が供給されることを防止すべき直接の義務を法律上負うものでもないし、国が食品の品質を国民に対し保障しているものでもない。従つて かりに食品衛生監視員が製造加工の監視において有毒物質の混入を看過したとしても、当該混入によつて生じた損害についての製造加工業者の責任の有無とは別箇に、行政庁が直接被害者に対しその権利乃至法律上の地位を侵害したものとは云えないのである。

それゆえ被告カネミがカネミライスオイル製造工程において塩化ジフエニールの混入を看過したからといつて被告国、同北九州市には、右油の摂取による原告らの損害を賠償する義務はないのである。

(二) また、かりに食品衛生法に基づく厚生大臣等の諸行政機関の権限の不行使によつて、本件被害の発生について国家賠償責任が生ずることがありえないではないと解しうるとしても、かかる責任を生ぜしめる場合は、極めて限定されるべきである。すなわち、人が飲食によつて衛生上の危害を受けた場合に、その被害は当該食品の販売ないし製造加工等の行為によるものであること及び行政庁の責任は公益の保持のために認められているものであることから考えれば、行政庁が食品衛生法に基づく権限の行使を懈怠したことが国家賠償責任を生ぜしめるには、当該行政庁において、有害な食品が販売ないしは製造加工されることを知りながら、あえてこれを容認する意思をもつてその権限を行使しなかつた場合、ないしはこれに準ずべき事情の下でその権限の行使を懈怠したことを要するものと解すべきである。

しかるに、本件においては、次に述べるように、厚生大臣等の行政庁には、右に述べたような懈怠はなかつたのであるから、これによつて国家賠償責任の生ずことはないというべきである。

(三) (食品衛生監視員の無過失)

原告らは、昭和四三年二月中旬小倉保健所の食品衛生監視員が被告カネミの製油部工場施設の監視を行つた際、脱臭工程の器具の補修状況につき、例えばカネクロールの使用量の推移を調査することにより、重点的に監視すべきところ、これを怠り食品(米ぬか油)への異物(塩化ジフエニール)の混入を看過したため、同月上旬に製造されたカネミライスオイルにより本件油症事件が発生したと主張する。

しかし、食品衛生法は、飲食に起因する衛生法上の危害の発生を防止するため販売の用に供する食品または添加物の製造加工等につき、営業者に衛生上の見地から諸種の規制を課し(同法第三条ないし第一二条、第一六条、第三〇ないし第三二条)また製造、加工の過程において特に衛生上の考慮を必要とする食品または添加物であつて政令で定めるものの製造、加工については、食品衛生管理者をおくか、営業者自らがこれを兼ねることを要求している。このように、製造加工の営業者は、日々継続的に管理し、衛生上の危害を発生させるような食品を生ぜしめないように注意すべき義務を負うのである。しかし、食品衛生監視員による営業所への臨検、営業施設の検査及び試験用物件の収去は、自から限度があり、同監視員の職務遂行のみによつて、飲食に起因するあらゆる危害を事前に探知し、これを完全に除去できるものとは予定されていないのである。

したがつて、食品衛生法による監視にあたつては、通常食品に有害な細菌ないしは物質が含まれる危険が大であると考えられる点に着目して、監視すれば足り、その余の点は、特に疑わしい状況が認められなければ監視の対象とする義務はないものというべきである。

けだし、監視指導の対象となる事項は、多数の営業施設や食品等を対象として、広範囲において食品等の安全を確保するという行政の役割に照らして、また食品衛生監視の方法から自ずと生ずる限界により 従来から監視指導は、重点的、効率的に行なわざるをえず、その際とくに配慮されたのは、病原微生物による汚染の防止であり、このことは食中毒の事例の大部分が依然として細菌性のものであるという現状からも首肯されるものであり、また、食品衛生監視員の資格や能力も、このような監視の実態に対応するものであることを建前としているからである。これを本件についてみれば、食用油脂製造業の製造工程については、元来安全度の高いものとされており、異物混入の蓋然性は考えられていなかつた。

本件米ぬか油の製造工程(脱臭工程)において熱媒体はステンレス蛇管内を環流しており、蛇管の外側にある米ぬか油と接触する余地のない構造となつていたので、米ぬか油と直接接触しない蛇管内の熱媒体が塩化ジフエニールであるか否か、及びその漏洩の有無は監視員の監視対象外である。

(四) 原告らは、塩化ジフエニール(商品名カネクロール)の使用量の推移を調査すれば、その漏出、ひいては食品への混入に気付きえたとするもののようである。しかし、監視員は、蛇管内の熱媒体につき監視の義務がなく、塩化ジフエニールが熱媒体として使用されていることを本件事故まで知らなかつたのであり、当時塩化ジフエニールは毒物又は劇物として指定されておらず、その有毒性の通念はなかつたのであり、かかる物質による事故は未曾有のものであるから、その使用量の推移を調査しなかつたことを目して、監視員に要求される注意義務の懈怠があるものとはなしえない。しかも塩化ジフエニールの混入した製品は、調査の結果昭和四三年二月五、六、七日に本件製造されたものに限られ、その後は昭和四三年一〇月一五日営業停止まで腐食孔のピンホールが自然にふさがれていて、製品への混入はなかつたのであり 腐食孔については、九州大学の工学部、農学部の多数の専門家により構成された九州大学現地調査班によつて、脱臭装置を解体のうえ、蛇管の漏洩検査が反復試みられ、蒸気テストに加えて空気洩れテストを行なつて、漸くその存在が発見されたものである。かかる経緯からみれば、監視員が右腐食孔を発見し、ないしはその手掛かりを察知すべき義務があるものとすることは、監視員の能力を超え、全く難きを求めるものといわざるをえない。

(五) 原告らは、北九州市長が、食品衛生法上の義務に違反し、同市における食品衛生監視員数及び予算の面で不十分な状態を放置し、よつて本件油症事件を未然に防止しなかつたのは違法であると主張する。

しかし、本件事故は、食品衛生監視員の職務懈怠によるものではなく、監視員数その他監視態勢に関する原告らの主張自体、本件事故と因果関係がないから、その事実の存否を論ずるまでもなく、北九州市長に違法の責は生じえない。

(六) 原告らは、厚生大臣が食品製造工程において特に危険物質を使用する営業者について、規制、監視体制を強化すべく、厚生省令、告示等を発し、或は指示通達を出すなどして、地方自治体及び食品衛生監視員を指導すべき義務があるにもかゝわらず、これを怠つたと主張する。

しかし、本件事故は、未曾有の予見不能事である。これを予め察知して対処することは、前述のとおり食品衛生法上要求されていないし、本件事故前にこれを防止しうるよう適切な指導をすることも不可能であり、その間なんら義務違反はなく、厚生大臣に原告ら主張のごとき違法事実は見当らない。

事故後の法令改正による規制強化の事実から、事故前における行政庁の態度を違法視するがごときことは許されない。

三、被告カネミ、同加藤の抗弁

仮に 被告カネミ、同加藤が原告らに対して損害賠償義務を負うとしても、被告カネミは、別紙〔五〕原告別支払明細表(一)原告氏名欄記載の原告らに対し、同表記載のとおり、治療費、交通費、見舞金、仮払金をそれぞれ支払つたから、右金額は、同原告らが包括的に損害を請求するため、どの請求に対する弁済となるか明らかにしえないが、同原告らの損害のうちから当然控除されるべきである。

また、被告カネミは、別紙〔六〕死亡者別支払明細一覧表記載の死亡者に対しても、同表記載のとおり、治療費、交通費、見舞金、仮払金を支払つたから、原告らのうち、右死亡者の相続人である者につき、被告カネミ、同加藤に対する相続されるべき損害賠償債権額を定める際、右支払金額が控除されるべきである。

四、右抗弁に対する原告らの答弁

1  右抗弁は、昭和五一年六月二五日の第八二回口頭弁論期日において、突然被告カネミ及び被告加藤が故意または重大な過失により時機に遅れて主張したものであつて、しかもこれにより訴訟の完結を遅延させるものであるから、却下を求める。

2  弁済の事実は争う。

各支払の事実は争い、仮に右被告ら主張の支払の事実があつたとしても損害に充当されるべき謂れはない。

五、請求原因を理由あらしめるその余の事実及び被告らの各主張に対するその余の反論

別紙原告らの最終(第一〇回)準備書面(第一六回準備書面を含む。)にそれぞれ記載のとおり。

六、原告らの各主張に対する被告らのその余の反論及び被告カネミ、同加藤の抗弁を理由あらしめるその余の事実

1  被告カネミ、同加藤

別紙被告カネミ、同加藤の準備書面記載のとおり。

2  被告鐘化

別紙被告鐘化の準備書面(第八、第九回)に記載のとおり。

3  被告国、同北九州市

別紙被告国、同北九州市準備書面(第五回)に記載のとおり。

第三  証拠関係〈略〉

理由

(書証の引用について)

当事者双方から提出された書証及びその認否は、別紙〔七〕書証目録記載のとおりであるところ、成立に争いのある書証については、同目録「真正に成立を認めた証拠」欄記載の各証拠によつていずれも真正に成立したことを認めうる。

よつて、以下引用する書証については、書証番号のみを掲記することとする。

第一  当事者

一原告ら

〈証拠〉によれば、原告らは、被告カネミが製造し、その製造にあたり熱媒体として使用していた塩化ジフエニールが混入したカネミライスオイルを販売店その他を通じ入手し、これを食用に供した結果、油症被害を蒙つた者、その父または子、もしくは油症被害のため死亡した者の相続人であり、原告らのうち、別紙〔九〕(一)油症原告被害一覧表に記載された原告ら(以下油症患者たる原告らという)は、いずれも同表中の認定年月日欄記載の日頃に油症患者と認定されたものである(なお、同原告らが油症認定患者であることは被告国、同北九州市において認めるところである)。

二被告カネミ

被告カネミは、昭和一三年四月、九州精米株式会社として設立され、昭和二七年一二月カネミ糧穀工業株式会社と社名を変更し、更に昭和三三年五月、現在の呼称に社名を変更し、本店を肩書地に移転したことその後被告カネミは、昭和三六年、訴外三和より米ぬか油精製の技術導入を受け、以来米ぬか油を製造して現在に至つており、その資本金は金五、〇〇〇万円で、その従業員数は約四〇〇名、製品油の販路は西日本一円にまたがつており、米ぬか油業界では上位に位し、本社及び本社工場以外に広島市、大村市、松山市、多度津市にそれぞれ工場を有していること、以上の事実は、被告カネミ、同加藤、同国及び同北九州市において認めるところであり、また、被告鐘化において明らかに争わないところである。

三被告加藤

被告加藤が被告カネミの代表取締役であることは、被告カネミ、同加藤、同国及び同北九州市において認めるところであり、また被告鐘化において明らかに争わないところである。

四被告鐘化

被告鐘化が、油脂工業製品の製造、加工及び販売並びに無機、有機工業薬品の製造及び販売等を業とする株式会社であり、本店を肩書地におき、東京に支社、福岡に営業所をもつほか一研究所、三工場を有し、昭和二九年頃から「カネクロール」を開発し、爾後「不燃性有機熱媒体」と銘打つて、化学工業、合成繊維工業の外、食品工業等にも広範囲にわたつて販売を継続してきた事実は被告鐘化において認めるところであり、その余の被告らにおいて明らかに争わないところである。

五被告国、同北九州市

被告国、同北九州市が、いずれも行政権の主体であり、その行政の一部分として憲法及び食品衛生法に基づく食品衛生行政を実施する責任を負つている事実は被告国、同北九州市において認めるところである。

第二  カネミライスオイル中毒症(油症)発生の経緯と概況

一油症患者発見の経緯

〈証拠〉によれば、次の1、2の事実を認めうる。

1 昭和四三年一〇月三日、九州電力株式会社社員国武忠から大牟田保険所に対し、カネミライスオイルによると思われる奇病発生の届出と同人が使用したカネミライスオイルの分析依頼がなされた。

これより先、昭和四三年六月初旬より顔面等の瘡様皮疹、顔面並びに足の浮腫及び痛みを訴える幾人かの奇病患者が九州大学医学部皮膚科を訪れており、その患者が従来食用しておつた固型のヨーグルト及びカネミライスオイルの摂取を中止したところ、爪の黒ずんだ着色がとれてきたとのこともあつて、九大皮膚科においては、右奇病がカネミライスオイルの摂取と関係があるのではないかとの疑いを持つていたが、はつきりした手掛りをつかみえずにいた。

大牟田保険所に持込まれた前記油は、福岡県衛生部と通じて九大、久留米大にも届けられ、かねて塩素瘡を疑つていた九大皮膚科では、有機塩素その他の農薬等の混入の有無の分析を行なつたが、その時点では陽性の成績をえられなかつた。

2 昭和四三年一〇月一〇日、朝日新聞(夕刊)が奇病の発生を報道し、翌一一日各紙も一斉に右事件を報道した。

新聞報道による波紋は大きく、瘡様皮疹、両肢の浮腫、嘔気嘔吐、四肢の脱力感、しびれ感、関節痛等を訴える。右奇病の届出患者は福岡県を中心に広島県、山口県、高知県、長崎県等の西日本全域に及び、その原因を速かに解明することが強く要望されるに至つた。

二被告国、福岡県、被告北九州市の調査及び対策

〈証拠〉によれば、次の1ないし6の事実を認めうる。

1 福岡県衛生部は、昭和四三年一〇月四日、国武及びその家族がカネミライスオイルによると思われる顔面等の発疹により同年八日一二日から九大病院皮膚科において受診している旨の大牟田保健所からの報告を受け、同年一〇月八日、福岡市衛生局に対し、国武が福岡市在住当時カネミライスオイルを分配した九州電力株式会社社宅について調査するよう指示し、同時に被告北九州市衛生局に対し、被告カネミの製油工程の調査等を依頼し、同日、被告北九州市は、係員を被告カネミに派遣し、米ぬか油の製造工程及び中毒例の調査を行つた。

2 同年一〇月一一日、福岡県衛生部は、県下保険所及び被告北九州市に患者発生状況の調査を指示すると共に、厚生省に右奇病の発生を報告し、同日被告北九州市衛生局は、被告カネミに対し、営業の自粛を勧告すると共に被告カネミ社長加藤三之輔らより事情を聴取したが、被告カネミの応答としては、大牟田、福岡の油症患者の残油は被告カネミの製品ではなく、販売の中止は考えられないとのことであつた。

厚生省は、右同日、福岡県に対し、原因、汚染経路等の究明及び被告カネミについての行政指導について指示した。

3 同年一〇月一四日、九大、久留米大、県衛生部、被告北九州市、福岡市及び大牟田市の関係者による福岡県油症対策会議が開かれ、九大医学部を中心に油症の検討を行うことにし、そのため、九大病院長勝木司馬之助を班長とし、九大医学部教授樋口謙太郎、福岡県衛生部長下野修をそれぞれ副班長とする油症研究班を組織し、患者の診察、原因究明のための調査、分析をすることとなつた。なお同会議の構成員であつた久留米大山口教授から、国武忠の食用した残油から砒素を検出した旨の報告がなされた。

4 同年一〇月一五日、被告北九州市は、北九州市油症対策本部を設置し、右のとおりカネミ米ぬか油から砒素が検出されたとの報告があつたこと等から、被告カネミに対し、立入調査をすると共に、食品衛生法第四条第二二条を適用して、一ケ月間の営業停止を命じた。

5 翌一六日は、福岡県は、福岡県油症対策連絡協議会を設置し、同日、厚生省は、各都道府県及び指定都市に被告カネミ製米ぬか油の販売停止及び移動禁止を指示した。

右同日、福岡県は、県保健所長及び衛生課長並びに県衛生研究所、被告北九州市、福岡市及び大牟田市に被告カネミ製のすべての米ぬか油の販売停止と使用禁止及び一般家庭で使用しないようPRすることを指示し、被告北九州市は、同日、被告カネミ製米ぬか油の販売業者に対する販売停止及び移動禁止、これを使用する営業者に対する使用禁止を命じ、また一般消費者にこれを使用しないようPRした。

右同日、厚生省は、全国衛生主管部長に対し、被告カネミの米ぬか油について、食品衛生法第四条第四項により販売の停止及び移動禁止の行政措置をとること、また、被告カネミ以来の米ぬか油の製造工程の点検、製品の収去検査を行うよう通達を出した。

6 同年一〇月一七日、厚生省は、福岡市で油症対策関係各府県市町村打合会議を開催し、同月一九日、同省に、環境衛生局長を本部長とする米ぬか油中毒事件対策本部を設置して、同日第一回の打合わせ会議を開催した。

一方、油症研究班臨床部会は、右同日、カネミ油症の後記診断基準を作成して発表した。

三油症研究班の調査研究による油症の原因解明並びに油症調査班の調査とその見解

〈証拠〉によれば、次の1ないし5の事実を認めうる。右認定を左右する証拠はない。

1 油症研究班の改組

前記のとおり、昭和四三年一〇月一四日に組織された油症研究班は、同月一九日班会議を開催し、その結果、同研究班は、(ⅰ)油症の診断基準及び治療指針を作成し、それに基づいて県下の患者の実情を把握し、(ⅱ)原因究明のための化学的分析をし、(ⅲ)広範な地域にわたる患者につき疫学的に調査研究する、こととし、そのため、同研究班の構成を拡充強化し、臨床部会、疫学部会、分析専門部会を設け、右の、(ⅰ)については臨床部会、(ⅱ)については分析専門部会、(ⅲ)については疫学部会と、三部会がそれぞれ分担して調査、研究することとなつた。

そして、右三部会はそれぞれ次のとおり構成された。

(一) 臨床部会は、九大医学部教授樋口謙太郎を部会長とし、臨床小委員会、臨床検査小委員会、検診小委員会の三つの小委員会から成り、外に臨床部会幹事が置かれ、その構成員は次のとおりである。

(1) 臨床小委員会

委員長 九大医学部皮膚科教授      樋口謙太郎

委員 九大医学部第一内科教授      柳瀬敏幸

同   同第三内科教授      桝屋富一

同   同神経内科教授      黒岩義五郎

同   同産婦人科教授      滝一郎

同   同眼科教授      生井浩

同   同耳鼻咽喉科教授      河田政一

同 九大歯学部歯科保存学教授      青野正男

(2) 臨床検査小委員会

委員長 九大医学部病理学教授      橋本美智雄

委員 九大医学部薬理学教授      田中潔

同   同中央検査部長      永井諄爾

同   同第二内科講師      鵜沢春生

(3) 検診小委員会

委員長 福岡県衛生部長      下野修

委員 九大並びに衛生行政関係者

(4) 臨床部会幹事

幹事 九大医学部第三内科助教授      平山千里

同   同第二内科講師      奥村恂

同   同産婦人科講師      久永幸生

同   同皮膚科講師      五島応安

同   同眼科講師      杉健児

同   同耳鼻咽喉科講師      森満保

同   同神経内科助手      三田哲史

同   九大歯学部歯科保存学講師      岡田宏

第1表「油症」診断基準

本基準は,西日本地区を中心に米ぬか油使用に起因すると思われる特異な病像を呈して発症した特定疾病(いわゆる「油症」)に対してのみ適用される。

したがって,食用油使用が発症要因の一部となりうるすべての皮膚疾患に適用されるものではない。

発症参考状況

1)米ぬか油を使用していること。

2)家族発生が多くの場合認められる。これが認められない場合は,その理由について若干の検討を要する。

3)発病は,本年4月以降の場合が多い。

4)米ぬか油を使用してから発病までには若干の期間を要するものと思われる。

診断基準

症状 上眼瞼の浮腫,眼脂の増加,食思不振,爪の変色,脱毛,両肢の浮腫,嘔気,嘔吐,四肢の脱力感・しびれ感,関節痛,皮膚症状を訴えるものが多い。

特に,眼脂の増加,爪の変色,?瘡様皮疹は,本症を疑わせる要因となりうる。また,症状に附随した視力の低下,体重減少等もしばしば認められる。

以下特殊検査に基づかない一般的な本症の所見を述べる。

1. 眼所見

眼脂(マイボーム氏腺分泌)の増加,眼球および眼瞼結膜の充血・混濁・異常着色・角膜輪部の異常着色,一過性視力低下が認められる。

なお,他の眼疾患との鑑別上分泌物のキムザ染色検査が望ましい。

2. 皮膚所見

角化異常を主とし,次のような種々の所見が認められる。

1)爪の変色,時に扁平化をみるが,明らかな変形は認められない。

2)毛孔に一致した黒点(著明化)。

3)手掌の発汗過多。

4)角性丘疹。特に,皮膚汗脂分泌の多い部を侵す(例,腋窩部など)。

5)?瘡様皮疹。面飽より集簇性?瘡とみられる重症型まで,さまざまである。

6)脂腺部に一致したのう胞(外陰部に多くみられる)。

7)小児の場合も上記症状をしめすが,若干症状を異にすることもある。 すなわち,全身特に四肢屈側に帽針頭大の落屑性紅斑の多発を認める場合があり,多少の痒みを訴える。

8)?痒は多くの例にはない。また,あっても軽度であり,?痕は認めない。

9)皮膚は,多少汚黄色を呈するが,著明な色素沈着はない場合が多い。

10)乾性脂漏。

11)口腔粘膜および歯肉に着色をみることがある。

12)耳垢の増加を認める。

3. 全身所見

1)貧血,肝脾腫は認めないことが多い。しかし発熱,肝機能障害を認めることがある。

2)手足のしびれ,脱力感を訴えるが,著明な麻痺は認めない。深部反射は減弱あるいは消失することがある。四肢末端の痛覚過敏を時に認める。

上記所見は,典型例においては,その大多数が認められるが,手掌の発汗過多,爪の変色,眼脂の分泌増加,頬骨部の面皰形成,および自覚症のいくらかを綜合して,疑症をもうけることは必要であろう。

(二) 疫学部会は、九大医学部教授倉恒匡徳を部会長とし、その構成員は次のとおりである。

九大医学部衛生学教授      猿田南海雄

久留米大学公衆衛生学教授      山口誠哉

福岡市衛生部長      植田貞三

北九州市衛生局長      沖一貫

大牟田市衛生部長      緒方盛雄

(三) 分析専門部会は、九大薬学部長塚元久雄を部会長とし、その構成員は次のとおりである。

九大薬学部生理化学教授      吉村英敏

九大医学部公衆衛生学教授      倉恒匡徳

同法医学教授      牧角三郎

九大農学部食品製造工学教授      稲神馨

同食品栄養肥料学助教授      山田芳雄

九大生産研石炭構造化学教授      山口誠哉

福岡県衛生研究所長      真子憲治

北九州市衛生研究所長      山本茂徳

九大医学部中央検査部長      永井諄爾

九大農学部栄養化学助教授      菅野道広

同畜産学助教授      古賀修

2 油症研究班各部会の調査研究

(一) 臨床部会の油症の診断基準及び治療指針の作成と患者の実態把握

(1) 油症研究班臨床部会は、左記第1表の油症の診断基準を作成し、昭和四三年一〇月一九日これを発表し、同月二三目、福岡県衛生部の要請により各地の実地医師及び保険医師に対する油症講習会を開催し、また実際の検診を行なつて福岡県下の油症患者の実態を把握することに努めた。

(2) 更に、臨床部会は、右診断基準の外に左記第2表の油症の暫定的治療指針を作成し、その治療対策に資した。

(二) 疫学部会の調査研究

(1) 油症研究班疫学部会は、油症の原因究明のため、昭和四四年一月二〇日までに福岡県下で、油症研究班臨床部会によりいわゆる油症患者と診断された三二五名(一一二世帯)のすべてについて、(ⅰ)患者の分布の特徴、(ⅱ)いわゆる油症が油の摂取に起因するものであるか、油以外に油症発生の要因となるものがあるか否か、(ⅲ)油の摂取が原因とすれば、いかなる油に原因があるのか等の解明をなすこととなつた。

第2表油症患者の暫定的治療指針

1. SH基剤などを投与する。

2. ビタミンB2などを投与する。

3. 硫黄あるいはその他の角質溶解剤を含む軟膏またはローショの外用。

4. 二次感染の予防および悪臭防止のためにHe-Xachlorophenなどにより皮膚を清潔に保つ。

5. 二次感染があれば化学療法を併せ行なう。

先ず、問題となつている油症が人の集団の中でどういうふうに発生しているかを、時間的な特徴、発生の地理的分布の特徴、人の属性に関しての疾病の分布の特徴に要点を置いて正直に調査していく、記述疫学的研究の結果、油症は、高年令層の罹患率がやや低値を示すが、ほぼどの年令層の男女にも発生しており、特に顕著な家族発生が認められ、油症発生の高率地区と低率地区との間で、気候、風土、生物等の点で罹患率の差が出るような大きな差は見られず、また高率地区のそれぞれの間で共通点も見出されず、また発生時期的には早いものは昭和四三年二月頃から発症し始め、同年六月ないし八月までに大部分のものが発症していることが判明した。

(2) 次に、疫学部会は、既に被告カネミ製造のライスオイルがいわゆる油症の原因ではないかと疑われていたので、記述疫学的方法によつて判明した疾病の特徴を十分考慮に入れて疾病の原因が何であるかということを仮説するまでもなく、油症の原因をカネミライスオイルと仮定し、(イ)販売容器によつて油症発生に差があるか、(ロ)ある特定の時期の製品にのみ問題があるのか、(ハ)特定の時期に問題があるとすればそれは何時かという点を明らかにするために患者の使用した油に関する追跡調査をなし、その結果、福岡県下に発生した前記油症患者三二五名(一一二世帯)のすべてがカネミライスオイルを摂取しており、しかもその過半数の一七〇名(52.3%)は罐入油を使用し、びん入油使用患者は一五五名(47.7%)であつたが、罐入油使用患者の97.6%は昭和四三年二月五日製造あるいは同月五、六日出荷の罐入油を摂取していることの外、追跡が困難であつたびん入油使用患者の92.3%が同年二月六日ないし一五日出荷油を使用している可能性を否定できないこと、以上の事実が明らかとなつた。同時にカネミライスオイルを摂取してないものからの油症の発症は見られないこともわかつた。

(3) 更に、疫学部会は、右奇病の原因となるのではないかと考えられる多数の要因、例えば一般健康状態、生活環境要因、食物のとり方、使用油脂等についても既往調査により検討した結果、左記第3表、第4表のとおり、その殆どすべては、患者群との間に有意(P<0.05)に差がないか、差があつても、むしろ患者群の方に低率に認められ、ただフライ、天ぷらに関しては毎日食べる者が患者群に有意(P<0.05)に高率であり、また米ぬか油使用は患者群が対照群に比して著しく多いことが判明した。

第3表

油症の既往調査

一般健康状態・生活要因・食物

調査項目

Q

No.

油症者群

対照者群

有意差※

(一般健康状態)

魚による蕁麻疹(+)

14

5.0

7.5

アスピリンによる〃(+)

15

0.0

4.2

薬剤等による〃(+)

16

7.5

6.6

(生活要因)

風呂の場所―自宅

17

84.7

85.5

風呂の回数―毎日

18

73.0

70.6

ペットがいる

19

18.3

36.5

住居の広さ―19坪以下

20

66.9

66.1

農薬取扱い

21

2.5

6.6

肝油服用

22

10.8

8.3

ビタミン剤服用

23

23.2

18.3

保健薬服用

24

9.1

7.5

飲料水―水道

25

81.3

74.7

(食物のとり方)

外食をする

26

28.1

30.6

家族と同じ食事をとる

27

88.8

89.6

(食物の摂取程度)

緑葉野菜をほぼ毎日食べる

28

63.1

58.9

牛乳   〃

29

49.0

39.0

バター   〃

30

22.4

24.9

卵     〃

31

64.7

59.8

フライ天ぷら  〃

32

22.4

11.6

油いため   〃

33

45.7

35.7

魚     〃

34

21.6

29.1

マヨネーズ   〃

35

10.8

10.8

インスタントラーメン 〃

36

10.8

10.0

※P<0.05

第4表

油症の既往調査

使用油脂別「使用世帯」割合

(油症:69世帯,対照:207世帯)

使用油脂

患者群

対照群

人数

人数

天然バター

35

50.7

105

50.7

マーガリン

44

63.8

127

61.4

ゴマ油

21

30.5

85

41.1

菜種油

10

14.5

77

37.2

米ヌカ油

66

95.7

64

30.9

ラード

12

17.4

38

18.4

他の食用油

13

18.8

117

56.5

第5表

油症の既往調査

カネミ・ライスオイル使用

使用状態

患者群

対照群

67

97.0

67

32.4

1

1.5

127

61.3

不明

1

1.5

13

6.3

69

100.0

207

100.0

次にカネミライスォイルの使用については、左記第5表のとおり患者群の97.0%に使用が認められたが、同表中の使用(一)、不明の各一例は、既往調査の時点ではそうなつていたが、その後の調査でカネミライスオイルを使用していたことが判明した。

右調査の結果、カネミライスオイル使用という要因は、患者群において事実上一〇〇%に認められ、対照群に比して高率であり、カネミライスオイル以外の要因が油症の原因である可能性は極めて小さいと考えられ、追跡調査の結果が既往調査によつて裏付けされたことを確認した。

(4) 以上の検討により、疫学部会は、奇病である油症が、被告カネミ製造のライスオイルと密接な関係があり、かつ昭和四三年二月上旬の一定の時期に出荷された油と極めて密接な関係があることを明らかにした。

(三) 分析専門部会の研究

(1) 一方、油症研究班分析専門部会は、いわゆる油症の原因物質を追求するため、油症研究班臨床部会により油症と診断された患者が発症以来使用してきた被告カネミ製造の米ぬか油の使用残油を入手し、毒性物質混入の有無を広範に検索した。

その結果、当初疑われた砒素あるいは、種々の金属類、またはPCP(pen-tachlorophenol)等の農薬、食品添加物等の混入はすべて否定され、最終的に米ぬか油の精製工程において使用されていた加熱媒体である塩化ビフエニール(商品名カネクロール)の大量混入の事実がECD付ガスクロマトグラフによる検索によつて明らかとなつた。即ち、油症患者の使用した昭和四三年二月五日製カネミかん入油の中にカネクロールが約二、〇〇〇ないし三、〇〇〇PPm含まれていることが証明された。カネクロールは同年二月一四日製造の罐入油にも微量証明されたが、その後の罐入油には証明されなかつた。また昭和四二年一〇月から昭和四三年一〇月にかけて出荷されたカネミびん入油については同年二月の上〜中旬の製品にしばしばカネクロールの混入が認められ、続いて同年三月中旬の製品にもその混入が散見されたが、それ以外は混入が認められず、混入が認められた製品の中でも、二月一一日以後のものは検出限界に近い微量を含んでいるにすぎなかつた。

(2) また、分析専門部会は、油症の原因が塩化ビフエニールであるとすれば、患者の体内に蓄積していることが推定されるとの観点から、九大病院皮膚科で採取された確認患者数名の脂肪組織、皮脂、並びに九大病院保管の患者の死産児、久留米大病院保管の患者胎盤について塩化ビフエニール成分含有の有無をガスクロマトグラフを使用した分析により検討し、その結果患者の脂肪組織、皮脂、胎盤及び胎児(皮下脂肪)中には塩化ビフエニール成分が検出された。

ここに、カネミライスオイルを汚染している物質といわゆる油症患者の体内に存在する物質とが全く同一であることが証明された。このことは昭和四三年一一月九日分析専門部会長から発表された。

3 油症研究班による油症の原因解明

油症研究班の前記2の調査研究の結果により、油症は、被告カネミ製造のライスオイルが塩化ビフエニールによつて汚染され、患者がこの汚染されたライスオイルを摂受したために起つた有機塩素中毒症であることが解明された。

4 油症調査班のカネミ米ぬか油中への塩化ビフエニールの混入経路に関する調査とその見解

(一) 被告北九州市は、昭和四三年一一月五日、水野高明九大総長に米ぬか油の塩化ビフエニールの混入経路の調査を依頼し、同総長からの依頼により九大調査班(九大工学部篠原久教授、同宗像健助教授、九大農学部三分一政男助教授、同国府田佳弘助教授)が結成され、翌六日、同調査班は、被告カネミの脱臭工場に赴いて被告カネミ製油工場の脱臭罐等の点検調査を開始し、次いで、同月一六日、同工場の六号脱臭罐の漏れ試験を実施した。

六号脱臭罐(旧二号罐)を漏れ試験の対象としたのは、六号脱臭罐(旧二号罐)の外筒が昭和四二年一〇月頃腐食したため、西村工業株式会社でその取替工事を行い、同年一二月一四日、六号罐(旧二号罐)として納品され、昭和四三年一月三一日から真空テストに入つていること及び当時県衛生部で入手した情報によれば、昭和四三年二月初旬ないし中旬の製品にのみ塩化ビフエニールが検出されていたことからである。

昭和四三年一一月六日、九大調査班は、先ず、六号脱臭罐のステンレスタンクに温湯を入れて数回洗滌し、カネクロールを通すステンレスコイルに水蒸気を数回通し、加温冷却を繰返して塩化ビフエニール(商品名カネクロール)を除き、更に五キログラムの圧力で水蒸気をステンレスコイル内に通し、異常の有無を検査したが、異常を発見できなかつた。

そこで約一時間程六号脱臭罐内のステンレスコイルの内外の洗滌を数回繰返した後、ステンレスコイルの中をブロワーで風を通して内面を乾燥させ、それから内罐コイルの上まで水を張つて、ベビーコンプレツサーでステンレスコイルに五キログラム圧の究気を吹込んだところ、大、中、小三ケ所の空気漏れを認め、その孔からそれぞれ、五分につき一一四cc、一〇分につき一四cc、中孔の三分の一程度の空気漏れがあつた。

(二) 右調査班は、右の結果から、脱臭工程中の米ぬか油にステンレスコイル中の熱媒体である塩化ビフエニールが混入し、塩化ビフエニール約一、〇〇〇PPmの脱臭油が出る可能性はあると考えたが、脱臭後、脱臭油タンクでさらに希釈されると考えられることから、塩化ビフエニール一、〇〇〇PPmの最終製品につながるには、有力なものとは思わなかつた。尤も、同調査班は、腐食孔が閉塞しているのではないかとの推測もしたが、この時点では、六号罐の試運転前の休止中に漏出塩化ビフエニールの蓄積があつたとの推測の方がより可能性が大きいと考えた。しかし、この点を追求するには脱臭装置関係者からの事情聴取が必要であるが、これを被告北九州衛生局や県衛生局との協力のもとに行うことに法律上限界があつた。

そこで、同調査班は、昭和四三年一一月二一日付被告北九州市長谷伍平宛の調査報告書には、空気漏れがあつたという事実の記述に止め、空気漏れ孔があれば塩化ビフエニールが漏出することは明らかであるが、その量が患者の使用油中の含有量とどんな関係にあるかについては、一切触れなかつた。

5 油症研究班の組織変更

なお、前記のとおり、臨床部会、疫学部会、分析専門部会の三部門より成つていた九大を中心とする右油症研究班は、昭和四四年四月より油症治療研究班に組織変更され、疫学部会及び分析専門部会の構成員の中に編入されて、各研究班員は、油症について研究を続けることとなつた。

四油症事件の特異性、被害の広範性及び被害者の症状

〈証拠〉を総合すると次の1ないし3の事実を認めうる。右認定に反する証人〈中略〉の各証言部分は採用しない。

1 塩化ビフエニールの混入した食用油の経口摂取による前代未聞の事件

油症は、有磯塩素中毒症の一つであるが、これまでの有機塩素中毒症は、一八九九年Herxheimerが塩素電解工場における作業員の顔面や頸部等に「にきび」様の皮疹ができる中毒例を塩素瘡(クロールアクネ)と報告して以来、塩化ビフエニール等による同様皮膚病変があげられてきたが、主として塩化ビフエニール製造工場等で働く作業員の職業病の観点から考察されていたし、その毒物の侵入経路も経皮的、経気道的なものであつたのに反し、カネミ油症事件は、米ぬか油製造工程中に混入した塩化ビフエニールにより汚染された米ぬか油を食用として経口的に摂取したために生じた、前代未聞の食品中毒事件である。

2 被害の広範性

カネミ製米ぬか油は、西日本各地を初め広く流通に置かれ販売されていたため、カネミ油症の被害者は、地元福岡県の他、長崎県、広島県、高知県、山口県等広範な地域にまたがり、届出被害者の数は、昭和四三年一一月現在、二三府県で一万二、六二九人にのぼり、昭和四八年九月一三日現在の厚生省発表の確症患者だけでも、左記第6表のとおり総数一、二〇〇名の多数に達しており、うち死亡者の数は二二名で、その死因は左記第7表のとおりである。なお、昭和五〇年四月三〇日現在の発表では確症患者は九一名追加認定されて総数一、二九一名となつており、うち死亡者の数は二九名となつている。

第6表

都道府県別油症患者数

(昭和48年9月13日現在)

都道府県

患者数

千葉

5

東京

7

岐阜

1

愛知

17

滋賀

1

京都

2

大阪

25

兵庫

7

奈良

21

和歌山

4

鳥取

1

島根

6

岡山

3

広島

80(1)

山口

40(1)

愛媛

10

高知

45

福岡

449(6)

佐賀

23(2)

長崎

443(12)

熊本

1

大分

6

鹿児島

3

合計

1200(22)

( )内は死亡者数の内数

第7表

油症患者死亡例の死因

悪性新生物……9

胃癌  2

胃癌+肝癌  1

肝癌+肝硬変  1

肺癌  1

肺腫瘍  1

乳癌  1

悪性リンパ腫  2

脳血管障害……3

類澱粉症……1

線維性骨異栄養症……1

心筋変性+心外膜炎……1

胸腺リンパ体質……1

肝硬変……1

自殺……1

老衰……1

交通事故……3

計 22

第8表

患者の症状(訴え)

(男89,女100,昭43.10.31現在)

症状

爪の黒変

74

83.1

75

75.0

毛穴に一致した黒点

57

64.0

56

56.0

手掌の発汗過多

45

50.6

55

55.0

ニキビ様皮疹

78

87.6

82

82.0

四肢の紅斑

18

20.2

16

16.0

かゆみ

38

42.7

52

52.0

皮膚色の変化

67

75.3

72

72.0

手足の腫脹

18

20.2

41

41.0

掌蹠の硬化

22

24.7

29

29.0

粘膜の色素沈着

50

56.2

47

47.0

眼やに

79

88.8

83

83.0

眼粘膜の充血

63

70.8

71

71.0

一過性視力減退

50

56.2

55

55.0

黄疸

10

11.2

11

11.0

上眼瞼の浮腫

64

71.9

74

74.0

脱力感

52

58.4

52

52.0

手足のしびれ

29

32.6

39

39.0

発熱

15

16.9

19

19.0

難聴

16

18.6

19

19.0

手足のけいれん

7

7.9

8

8.0

頭痛

27

30.3

39

39.0

嘔吐

21

23.6

28

28.0

下痢

17

19.1

17

17.0

3 油症患者の症状(訴え)

油症研究班疫学部会が油症患者一八九名についてその症状(訴え)を調査した結果は左記第8表に示すとおりであるが、この結果にも見られるとおり、油症患者の多くは、当初、原因不明のまま眼脂・瘡様皮疹・爪の黒変・皮膚色の変化・眼結膜の充血・上眼瞼の浮腫等を訴え、右症状に苦しんでいたが、原因判明後も、塩化ビフエニールが体内の脂肪組織と親和性があるため、油症患者の諸器官、組織に沈着し、しかも塩化ビフエニールの塩素が多い成分ほど代謝と排泄に抵抗性が強く、これら高沸点の五〜六塩化物の一部は今なお油症患者の体内に残留していることから、全身倦怠・食欲不振・不定の腹痛・頭痛ないし頭重感等の不定愁訴、手足のしびれ・疼痛等の末梢神経症状、その他呼吸症状等の訴えが前面に出てきており、油症患者は、油症被害の確実な治療方法のないまま、皮膚粘膜症状のように軽快した症状はあるとはいえ、今なおこれらの症状に苦しんでいる。

なお、右のような症状の変化に伴い、従前の油症診断基準が現状に即さなくなつたため、これを改訂することが必要となり、九大を中心とする油症治療研究班による検討の結果、改訂された左記第9表の油症患診断基準が昭和四七年一〇月二六日に公表され、厚生省は、同年一一月一一日付で各都道府県衛生主管部(局)長にこれを通達した。

また、右油症治療研究班は、油症診断基準の改訂と共に、昭和四七年一〇月二六日、前記暫定的な治療指針を改定して左記第10表の油症治療指針を発表した。

第三  カネミ油症と被告カネミの行為との因果関係

一被告カネミにおける米ぬか油の製造工程

〈証拠〉を総合すると、次の1、2の事実を認めうる。右認定を左右する証拠はない。

1 製造工程一般

被告カネミにおける米ぬか油精製油の製造工程の概略は、別紙図面一の(一)ないし(三)の米ぬか油製造工程概略図のとおりであるが、先ず原料の米ぬかから藁くず、小石、砕米等の爽雑物を取除いた上で乾燥し、抽出罐に入れてノルマルヘキサンを使用して米ぬか原油と脱脂ぬかに分離し、米ぬか原油は一〇トン入の原油タンクに貯蔵される。抽出分離された米ぬか原油は、爽雑物、例えばガム質、遊離脂肪酸、ろう分、有臭成分等を含む外、有効成分をも含む油脂原料であるが、ポンプにより計量罐に入れて計量されこれに、メタポリリン酸ソーダを加え、摂氏六〇度ないし六五度に昇温させた上、遠心分離機によつてガム質(ぬか油中の樹脂類、蛋白質、ろう分等)を分離する。分離された油は脱ガム油といい、脱ガム油受に一度入り、ポンプで脱ガム油タンク二〇トンに入れられ、ポンプで計量罐に送られ、その一定量がポンプで脱酸タンクに送られ、これに苛性ソーダを加え攪拌加熱後遠心分離磯によりフーツー(石けん分)と脱酸油とに分別する、(フーツーは、硫酸で中和して粗脂肪酸即ちダーク油とし、鶏等の配合飼料として利用されている)。

第9表油症診断基準(昭和47年10月26日改訂)

油症はPCBの急性ないし悪急性の中毒と考えられるが,現在全身症状には,成長抑制,神経内分泌障害,酵素誘導現象,呼吸器系障害,脂質代謝異常などがあり,局所症状には皮膚および粘膜の病変として?瘡様皮疹と色素沈着,さらに眼症状などがみられる。

1. 発病条件

PCBの混入したカネミ米ぬか油を摂取していること。多くの場合家族発生がみられる。

2. 全身症状

1) 自覚症状

① 全身倦怠感

② 頭重ないし頭痛

③ 不定の腹痛

④ 手足のしびれ感または疼痛

⑤ 関節部のはれおよび疼痛

⑥ 咳漱・喀痰

⑦ 月経の変化

2) 他覚症状

① 気管支炎様症状

② 感覚性ニューロパチー

③ 粘液嚢炎

④ 小児では成長抑制および歯牙異常

⑤ 新生児のSFD(Small-For-Dates Baby)および全身性色素沈着

3) 検査成績

① 血液PCBの性状および濃度の異常

② 血液中性脂肪の増加

③ 貧血,リンパ球増多,アルブミン減少

④ 知覚神経伝導性と副腎皮質機能の低下

3. 皮膚粘膜症状

1) ?瘡様皮疹

顔面,臀部,その他間擦部などにみられる黒色面皰,?瘡様皮疹とその化膿傾向

2) 色素沈着

顔面,眼瞼粘膜,歯肉,指趾爪などの色素沈着

3) 眼症状

マイボーム腺肥大と眼脂過多,眼瞼浮腫など

第10表油症治療指針(昭和47年10月26日改訂)

1. PCBの排泄促進

現在,油症患者のPCB濃度はかなり低下しているものと推定されるが,PCBの排泄を促進することが最も重要である。

ただPCBの特性上,適当な排泄促進剤はなお報告されていない。

現在考えうるPCBの排泄促進としては

(1) 絶食

(2) 酵素誘導法

(3) 適当なPCB吸着剤の経口投与

などがあげられている。

ただし,絶食および酵素誘導法については,その適応および実施に慎重な配慮を要する。

2. 対症療法

対症療法としては,種々の解毒剤(たとえば還元型グルタチオン)種々の脂質代謝改善剤などのほか,脳神経症状にたいしては鎮痛剤,ビタミンB剤など,呼吸器症状には鎮咳剤などを投与し,また内分泌症状にたいしてはホルモン療法も考えられる。皮膚症状にたいしては,種々の対症療法が行われているが,症例によっては形成手術も行われる。

その他,眼科,整形外科,歯科保存科においては症状に応じた対症療法が行われる。

3. 合併症の治療

油症患者においては,神経,内分泌障害,酵素誘導などの所見がみられるため種々の合併症を生じやすく,また合併症が重症化する傾向があるので慎重に治療する必要がある。

また,酵素誘導により薬物の分解が促進されており,通常の投与量では治療効果があがらぬことも多い。

脱酸油は、受タンクに入り、洗滌用水と共に連続的にポンプで次の加熱器に送られ、摂氏八〇度ないし九〇度に加温して遠心分離機に送られ、第一回の洗いが終り受タンクに入ると、また洗滌用水が入れられ、前同様の操作が繰返される。洗滌水は、石けん分等を含んでいるので、フーツー分解槽の方に送られダーク油となる。洗滌された脱酸油は湯洗油といい、右のとおり二回湯洗された後一〇屯入の湯洗油貯蔵タンクに入れられて、油温が摂氏四〇度ないし五〇度に低下すると、ポンプで粗脱ろう室内の冷却タンクに送り、ここで約三日間かけて油温を徐々に摂氏一五度ないし二〇度に低下させて濾過袋を通過させ、布を通して布外に出てきた粗脱ろう油と布袋の中に残つた粗ろう油とに分別する。粗脱ろう油は、ポンプで混合計量タンクに入れ、これに活性白土二ないし三%を加え、油温を摂氏五〇度まであげ、次に脱色罐を減圧とし、その中に活性白土と混合された粗脱ろう油を仕込み、油温が摂氏九〇度となるまで加温し、ポンプで濾過器(フイルタープレス)に圧送入して濾過を行い、添加活性白土を完全に分別し、濾過器からは脱色された油、即ち脱色油が出てくるので、ポンプで脱色油受タンク五トンに溜めて次の脱臭工程の原料油とする。

脱色油は、摂氏約四〇度ないし約五〇度のまま、ポンプにより計量タンクに一定量を入れ、次に予熱罐に脱色油を仕込むが、その際脱臭効果をよくするためにメタポリリン酸ソーダーを添加し、予熱罐で摂氏一五〇度位まで加熱し、その後脱臭罐内の減圧されたトレー(ステンレス製内槽)の中に仕込み、加熱して油温が摂氏二〇〇度になると生蒸気を吹込み始め、一方加熱は続けて約摂氏二三〇度で一時間ないし一時間三〇分脱臭作業を行う。次のこのトレーの中の油は冷却罐に入れられ、脱臭の終つた油即ち脱臭油は温度が低下して摂氏五〇度位となつたら、対真空ポンプで脱臭油受タンクに送り込むが、この時に試験試料を抜取り口より取り、試験室で酸価、色相、風味、発煙点等の試験をすることとなつており、不合格品は脱色油タンクまたは計量タンクに返して再脱臭し、合格の場合は脱臭油受タンク五トンまたは一〇トンのタンクに送られる。

脱臭の終つた油は、次に油のにごりを取るために、前記粗脱ろう工程と同様な方法により、ただ油温を摂氏三度ないし四度まで低下させて、布袋で濾過するが、布袋の中には飽和脂肪酸の成分の多い食用油のものが残り、布袋の外には不飽和脂肪酸の成分の多い食用油ができてくる。

布袋から流出した食用油は透明になるまで再濾過をし、油が透明になつたらポンプで受タンクに仕込み、次に受舟上に設置された濾過器(フイルタープレス)により最後の仕上濾過をして受舟に貯蔵し、その後ポンプで加熱混合タンクに入れてくもり止めとしてアンチコール、泡立ち防止としてシリコンを添加しながら、ポンプで循環攪拌しながら加熱して油温を摂氏三五度ないし四〇度まで上昇させ、サラダ油規格に合格の食油はサラダ油製品タンクに、白絞油規格の食油は白絞油タンクに入れられ、それぞれドラム詰、罐詰、びん詰に包装される。

布袋に残つた食油は溶解タンクに入れられ溶解され、次に濾過器(フイルタープレス)を通して、フライ油製品タンクに入り、ドラム詰、罐詰にされる。

2 脱臭工程及びその作業

右米ぬか油製造工程中、脱臭工程は、脱色油のままでは油脂類の酸敗、不純物の分解等のために油脂本来の臭気以外の悪臭があるので、直立円筒の脱臭罐に脱色油を入れ、摂氏二三〇度まで加熱しつつ減圧三ミリないし四ミリの脱臭罐内のトレー内で生蒸気を吹込み蒸煮を行うことによつて有臭成分を蒸気と共に除去すると共に微量の遊離脂肪酸色相等を除去する作業であり、その概略は別紙図面二の脱臭工程概略図のとおりである。

脱臭罐内における脱色油の右加熱は、いわゆる間接加熱の方法により、熱交換器によつて、熱移動を行なう方式によつてなされるのであるが、その基本構造は、温度の違う物質を伝熱管であるステンレス管を通して接触させ、その間に熱移動を行わせるのであり、熱交換器において被加熱物質である脱色油に熱を与えるために熱源と被加熱体間の熱エネルギー搬送担体として使用される物質がいわゆる熱媒体と称されるものであり、被告カネミにおいては、昭和三六年から熱媒体として被告鐘化製造のカネクロール四〇〇を使用していた。

右のような熱媒装置による加熱方式は、熱の効率的使用、生産の増大等のために使用されるようになつたものであるが、被告カネミでは、脱臭罐内に設けられた厚さ二、三ミリのステンレスの伝熱管中に加熱炉で加熱された熱媒体であるカネクロール四〇〇を循環させ、伝熱管の外壁に接する脱臭罐内の脱色油に熱媒体の熱エネルギーを脱色油に移動交換させて脱色油を加熱していたものである。

被告カネミにおける脱臭作業は、月曜日の朝に始まり、日曜日の朝に終る一週間昼夜連続作業であり、その標準作業は、次のとおりとなつていた。即ち、作業開始に当り、先ず各脱臭装置内部の減圧テストが行われ、その減圧が完全であることを各脱臭罐毎につけられたマノメーター(減圧計)により確認する。なお、この減圧計による減圧の確認は連続作業中にもなされる。減圧が引かないと脱臭作業を行つても脱臭油はできないし、逆に処理油は高温を受けるたあ着色等の変化を起して品質が低下するからである。作業開始に際しての右減圧テストにより各脱臭罐に異常がなく、減圧状態が維持できることを確認した後、カネクロール地下タンク(日曜日の朝作業終了時にカネクロールを循環系より落して貯蔵していたストレージ・タンク)内で蒸気により加熱され約摂氏六〇度ないし八〇度に昇温されたカネクロールを手動ポンプによりカネクロール循環タンクに送り込む。次に循環ポンプを稼働させてカネロールを加熱炉内に送る。この時には各脱臭罐のカネクロールバルブは全開になつており、カネクロールが循環し始めると、加熱炉の重油バーナーに火を着けるので、加熱炉内に送り込まれているカネクロールは、次第に加熱され昇温しながら脱臭罐内トレー内のカネクロール循環ステンレスパイプ内を流れて、トレー内の油を加熱してカネクロール循環タンクに戻り、またポンプで加熱炉に送られて右工程を繰返すが、加熱されたカネクロールの温度を管理するために加熱炉前のカネクロール出ロメインパイプに取付けられている各温度計によりカネクロール温度を管理することとなつている。カネクロール温度の調節は、重油バーナーのバルブの調節によつてカネクロール温度を一定に保持することとなつている。カネクロールが脱臭罐内のトレイ内のステンレスパイプに送り込まれる時には、既に脱臭罐のトレー中に計量タンクから予熱罐を経て油温摂氏一六〇度位から一七〇度位に上昇した脱色油が入つている(予熱罐は減圧三ミリに保持されているので、計量タンクの脱色油は取付けコツクを開くと予熱罐に吸込まれ、この時に油中の金属イオン、主として鉄イオンを封鎖するためメタポリリン酸溶液を一緒に吸込ませ混合しながら予熱罐に入れられ、予熱罐内加熱コイルで右温度に上昇させてから、次の脱臭罐内トレー中に油を入れ、カネクロールバルブを開いて加温されたカネクロールを右トレー内のステンレスパイプ内に通す)。そして右トレー内の油温が摂氏二〇〇度になるとトレー内に設置してある生スチーム吹出しパイプからスチームを油中に吹出させて油中の有臭成分等を除去するが、油はカネクロールにより摂氏二三〇度まで加熱され、トレー内に入つてから一定の時間後に脱臭作業は終了し、次の冷却タンクに移され、冷却された後攪拌タンクを経て脱臭油受タンクに送られる。

二カネクロールの概念

1 カネクロールの化学的組成

〈証拠〉を総合すると、次の(一)ないし(四)の事実を認めうる。右認定を左右する証拠はない。

(一) カネクロールというのは、被告鐘化のつけた商品名であり、化学的には、有機化合物である芳香族炭化水素であるビフエニール(ジフエニールともいう)の塩素化物であり、塩化ビフエニール、塩化ジフエニール、PCB(Poly-chlorinated bipheny1の略称)、クロルジフエニール等と呼ばれている。

PCBは一八八一年にドイツの化学者によつて初めて合成され、一九二九年アメリカのスワン社(後にモンサント社に吸収される)で、次いで一九三〇年代の終り頃からヨーロツパで工業的生産が開始された。我国ではPCBは第二次世界大戦前に東芝によつて実験的に製造されていたが、被告鐘化は、昭和二九年我国で初めてこれを開発企業化し、本件油症事件が発生した昭和四三年まで我国においてPCBの製造、販売を独占してきた。

なお、我国で、カネミ油症事件発生後の昭和四四年九月から、三菱化成とアメリカのモンサント社が五割ずつの資本を持つ三菱モンサント化成株式会社が、被告鐘化に次いでPCB(商品名アロクロール)の生産を開始し、昭和四七年三月一一日の生産中止までに合計二、五〇〇トン弱を生産したが、同社の年間の生産の比率は全国比の約9.2%程度であり、被告鐘化の生産量の方が圧倒的に多い。

我国におけるPCB生産量と使用量は、右記第11表日本のPCB生産量と使用量のとおりであるが、PCBによる環境汚染が問題とされるにおよんで、被告鐘化は、通産省の行政指導に沿つて、先ずPCBの販売分野のうち感圧紙用用途への販売を昭和四六年二月で中止し、その他の開放系用用途への販売を同年末をもつて中止し、さらに閉鎖系のものについても規制する方針が政府の通達により打出されたため、自主的に昭和四七年六月末をもつてPCBの生産を中止したが、昭和二九年から生産中止までに合計五万六、三二六トンのPCBを生産した。

(二) ビフエニール(ジフエニール)はベンゼン核が二個結合したものであり、これを塩素化した場合、ビフエニール中の水素のいくつが塩素と置換されているかによつて一塩化ビフエニールから一〇塩化ビフエニールまであり、一塩化ビフエニールから九塩化ビフエーニルについてはそれぞれビフエニール中のどの水素が塩素と置換されているかによつて異性体があり、塩化ビフエニールには、一塩化体三種、二塩化体一二種、三塩化体二一種等から、一〇塩化体一種まで数えあげると、理論的には総数二一〇種ものがあるといわれているが、うちその存在が確認されているのは一〇二種であり、純物質として化学構造、合成法、性質等について詳らかにされているのは、二四種である。

被告鐘化は、カネクロール二〇〇(二塩化ビフエニールの外、一塩化体三塩化体等も含まれるが、平均して塩素含量が二塩化体に一致する製品)、カネクロール三〇〇(主として三塩化体)、カネクロール四〇〇(平均して塩素含量が四塩化体に一致するものであり、主として四塩化体であるが、三塩化体、四塩化体、六塩化体も含まれる)、カネクロール五〇〇(主として五塩化体)、カネクロール六〇〇(主として六塩化体)、カネクロール一〇〇〇(カネクロール五〇〇と三塩化ベンゼンの混合物)、カネクロール一三〇〇(カネクロール三〇〇と三塩化ベンゼン、四塩化ベンゼンの混合物)の外、塩化ビフエニールではないが、トリフエニールに塩素ガスを吹込んだものであるカネクロールCを製造して販売していたものである。

第11表

日本のPCB生産量と使用量(単位:トン)

供給

使用量

備考

生産量

輸入

電機

熱媒体

ノンカーボン紙

その他

輸出

1954

200

200

1955

450

430

20

1956

500

430

50

20

1957

870

760

80

30

1958

880

740

100

40

1959

1260

1060

120

80

1960

1640

1320

170

150

1961

2200

1860

180

180

1962

2190

1640

240

10

200

100

1963

1810

1270

240

30

170

100

1964

2670

1920

400

100

210

40

1965

3000

1980

450

170

240

160

1966

4410

2600

660

300

270

580

PCB環境汚染の発見

1967

4480

60

2370

730

390

270

720

1968

5130

100

2830

720

780

260

540

カネミ油症発生

1969

7730

110

4220

1290

1300

330

590

アロクロール生産開始

1970

11110

150

5960

1890

1920

360

1000

1971

6780

170

4560

1160

350

100

730

日本のPCB汚染公表

小計

57330

590

36150

8500

5350

2910

合計

57920

52910

4560

カネクロール二〇〇、カネクロール三〇〇は流動性無色の液体であるが、カネクロール四〇〇、カネクロール五〇〇、カネクロール六〇〇と塩素量が高くなるにつれて粘度が大となり、カネクロール六〇〇では、常温では殆ど流動性がない。なお、カネクロールCは固体状のものである。

なお、三菱モンサント化成株式会社は、前記のとおり昭和四四年九月から塩化ビフエニールの生産を開始し、商品名アロクロールとして販売しているが、その種類を示すのに四ケタの数字を用いており、例えば、アロクロール一二五四の場合、最初の二つの数字「一二」は塩化ビフエニールを示し、あと二つの数字「五四」は、その平均塩素結合量を示している。

(三) PCB(カネクロール)の製造法は、石油またはコールタールからベンゼン核(亀の甲一個のもの)を分離し、次にベンゼン核が二個結合したものをつくり、これに塩素を加えて摂氏一八〇度位まで加熱し、鉄粉または塩化第二鉄を蝕媒として塩素を結合させ、次にエアリング(空気入)をして塩化水素あるいは未反応の塩素をまず追出した後、摂氏二〇〇度位のところで、ソーダライム(水酸化ナトリウムと酸化カルシユウムを溶融した固形の中和剤)で中和し、その次にその固形物を一ミリ水銀柱附近で減圧濾過し、更に真空蒸溜するが、電気用のものについてはその上高温で白土処理をもして、最後に濾過をもう一度行つて白土をとりカネクロールを製造する。

(四) 被告カネミが熱媒体として使用していたカネクロール四〇〇とは、四塩化ビフエニールを主成分とする塩化ビフエニールの混合物(四塩化物が約半分を占めるが、二塩化物、三塩化物、五塩化物の外六塩化物、更に微量の遊離塩化物も含む)で、その平均塩素結合量は約四八%である。

従つて、カネクロール四〇〇の平均塩素結合量は、アロクロール一二四二とアロクロール一二五四の約中間にあり、アロクロール一二四八に対応する。

2 塩化ビフエニールの物理的化学的性質と用途

〈証拠〉を総合すると次の(一)、(二)の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一) 塩化ビフエニールは、無色透明の液体で、塩素数が多くなるにつれて粘度が増す。芳香族の有機塩素化合物であり、化学的安定性(耐アルカリ性、耐酸性、耐酸化性)が高く、熱安定性に優れた不燃物質であり、油や有機溶媒(アルコールやアセトン等)にはよく溶け、プラスチツクとも混ざり合うが、水には極めて溶けにくく、その比重は水よりも重い、電気的には絶縁性に勝れ、また誘電率が大きい。またそれ自体としては金属を殆ど腐食しない。その沸点は高く(カネクロール四〇〇の場合は摂氏三四〇度ないし三七五度である)、蒸気圧は低いため、高温でも(カネクロール四〇〇の場合は摂氏三二〇度まで)常圧液循環で使用できる。

第12表

PCBの用途

用途大別

製品例・使用場所

※※

絶縁油

トランス用

ビル・病院・車両(地下鉄・新幹線ほか)・

船舶などのトランス

KC-1000

AC-T100

コンデンサー用

螢光灯・水銀灯の安全器用・冷暖房器・洗濯機・

ドライヤー・電子レンジなどの家庭用・

モーター用などの固定ペーパーコンデンサー・

直流用コンデンサー・蓄電用コーンアンサー

KC-300

400

500

AC-1242

1248

1254

※※

熱媒体(加熱と冷却)

各種化学工業・食品工業・

合成樹脂工業などの諸工程における加熱と冷却・

船舶の燃料油予熱・集中暖房・パネルヒーター

KC-300

400サントサーム

※※

潤滑油

高温用潤滑油・作動油・真空ポンプ油・

切削油・極圧添加剤

KC-300他

可塑剤

絶縁用

電線の被覆・絶縁テープ

難燃用

ポリエステル樹脂・ポリエチレン樹脂

その他

接着剤・

ニス・

ワックス・

アスファルトに混合

KC-500,600,KC-C

塗料・印刷インキ

難燃性塗料・耐触性塗料・耐薬品塗料・

耐水塗料・印刷インキ

複写機

ノンカーボン紙・(※※溶媒)・電子式複写紙

KC-300

(前者の複写紙)

その他

紙などのコーティング・自動車のシーラント・

陶器ガラス器の彩色・カラーテレビ部品・

農薬の効力延長剤

KCはカネクロール。

ACはアロクロール。AC-T100はKC1000に,AC1242はKC300に,AC1248はKC400に,AC1254はKC500に対応する製品である。

※※PCBそのものが使われる。

塩化ビフエニールは、右のような化学的安定性や熱安定性を持つているため、逆に分解するのが困難であり、完全な分解には摂氏一、〇〇〇度ないし、一、四〇〇度を要七、また水に溶けず脂肪と親和性を有するため、生体内において脂肪組織に入りこんで蓄積する。

(二) 塩化ビフエニールは、一面において勝れた諸性質を有するため、夢の工業薬品として右記第12表PCBの用途のとおり、枚挙できないほど多方面に使用されてきた。

我国では、PCBは、当初電気関係の需要が多く、トランス、コンデンサー等に使用されていたが、やがて熱媒体として使用され始め、昭和三九年頃からノーカーボン紙や塗料等への需要が伸び、PCBの生産がその頂点に達した。昭和四五年には、その用途別使用量は、電機関係58.84%、熱媒体18.65%、感圧紙18.95%、開放系3.55%となつており、熱媒体及び感圧紙用がかなりの比重を占めている。

なお熱媒体としてPCB以前に使用されていたもの、もしくはPCBの代替品としては、ビフエニールとビフエニールエーテルとの混合液であるダウサムAやアルキルナフタリンであるSKオイル等があるが、これらによる火災事例は多く、熱媒体として不燃性においてPCBの方がはるかにすぐれている。

三PCBの毒性

〈証拠〉を総合すると、次の1ないし6の事実を認めうる。右認定を左右する証拠はない。

1 カネミ油症患者が発症までに摂取したカネクロール四〇〇の量は、油症研究班の調査によれば数ケ月合計で平均二グラム、最低0.5グラムと推定れている。

即ち、最少量発症例では、体重五〇キロの人が、前記0.2%ないし0.3%のPCBを含有するカネミライスオイルを食用した結果、0.5グラムのPCBを三ケ月にわたつて摂取したと報告されているのであり、PCBは、人が三ケ月間に亘つて0.2%ないし0.3%オーダーのPCBを摂取すれば油症となりうる有毒物質である。

2 PCBの急性毒性はあまり強い方ではなく、一般に急性毒性の強弱を示すLD50(LDはリーサル・ドーズ『致死量』の略)の値(実験動物の半数を死亡させるに要した最少量)では、PCBは低毒性を示す。

しかし、急性毒性と慢性毒性とは全く別個の問題であり、PCBは、生体内に取込み続けると、その体内蓄積には頭打ちがあるとはいえ、その脂溶性によつて体内の脂肪組織に入り込み、またその安定性、難分解性、非水溶性によつて体外に排出されにくく、皮下脂肪をはじめとする体脂、肝臓あるいは脳に蓄積され、害作用を及ぼし続け、時には生体を死に至らしめる。

油症患者の場合も、カネクロールは現在でも低塩素化物の一部は排出されても、毒性の強い高塩素化物は排出されにくく、一部は依然として体内に残留しており、そのため油症患者の肉体的苦痛は依然として続いており、その訴えも第二の3に記載したとおり多様である。

一方、PCBは、右のとおり脂溶性があるため、脂肪含量の多い母乳が一つの排出ルートになつており、また脂肪に溶けやすい物質は胎盤を通りやすいため胎児がその一部の捨て場所ともなつており、その結果は、油症新生児いわゆる黒い赤ちやんが出生する。

3 化学物質は工業的に大量生産する場合にその過程で不純物が生成されたり、利用過程で化学反応を起して不純物が生成されたりする可能性がある。PCBの場合、その不純物としてPCDF(ポリ塩化ベンゾフラン)やベンゾンオキシンが知られている。

PCDFやベンゾジオキシンは、その致死力においてPCBよりはるかに強く、奇形児が生れる催奇性にも関係がある猛毒物質であり、塩素瘡や肝障害にPCBよりも強く作用する。

昭和五〇年四月四日の公衆衛生学会で、九大の倉垣匡徳教授と第一薬科大の増田教授のグループは、油症の原因となつたカネミライスオイルから五PPmのPCDFを検出したと発表した。右米ぬか油試料は、一、〇〇〇PPmのPCBを含んでいたから、混入したPCBには、五、〇〇〇PPmのPCDFが含まれていたこととなる。一方、純品のカネクロール四〇〇にもPCDFが発見されたが、それは約二〇PPmであつてから、油症の原因となつたカネクロール四〇〇の場合には、被告カネミが右熱媒体を使用した際にカネクロール四〇〇の一部が酸化され、多量のPCDFが生成された可能性がある。

4 PCBの毒性については、更に、PCBそれ自体の毒性とは別に、他の化学物質との相乗作用による毒性にも充分注意しなければならないことが指摘されている。例えば、PCBとBHCとの相乗作用により発ガン性が高まるとか、PCBと中性洗剤との相乗作用によつて、PCBの毒性が強まるとの研究報告もあり、PCBが他の化学物質と作用して、毒性の相乗効果を発揮する危険性も決して少なしとはしない。

5 PCBによる環境汚染も問題となる中でPCB類似品による被害の発生防止のため、昭和四八年九月一八日、化学物質審査規制法が国会で可決成立し、同年一〇月一六日、これが公布され、(イ)自然的作用による化学的変化を生じにくいものであり、かつ、生物の体内に蓄積されやすいものであり、(ロ)継続的に摂取される場合には、人の健康をそこなうおそれがある、という(イ)及び(ロ)の性質を有する化学物質を特定化学物質として厳重な管理、規制を行なうこととした。

この法制定後の昭和四九年六月、PCBが特定化学物質の第一号に指定され、これにより国内では鉄道車両の主変圧器または主整流器の整備用以外には生産が禁止される外、潤滑油等PCBを使つた製品について、輸入が禁止されることとなつた。

6 なお、OECD(経済協力開発機構)は、昭和四八年二月一三日の理事会で、加盟国にPCBの使用を原則的に禁止する決定を採択し、PCB公害に対する国際的な規制、防止の基準を打出した。

その規制の主な内容は、加盟国は、産業上、商業上の目的でのPCBの使用を原則として禁止する。但し、(A)不燃性の要求が環境保全の要請より強く、(B)使用後の回収が可能な場合を条件として、①変圧器とコンデンサーの誘電液、②食品、薬品、飼料関係を除く熱伝導液、③機械用油圧器、④小型コンデンサーについては例外として使用を認める。

このため加盟国は、PCBの製造輸出入を規制し、また規制のPCB物質の残存製品については回収、再生、焼却その他についての適切な措置をとる。PCBとPCBを含んだ製品に統一的な表示を設け、PCBの容器及び輸送に関して安全基準を設ける。

更に、理事会は、勧告として加盟諸国にPCBを含む諸製品の製造、輸出入の規制小型コンデンサーにPCBを使用しない努力をするPCB使用中止を特に優先させる分野は①食品、医薬品、飼料関係での熱伝導液②ペンキ、インク、接着剤、シール等の可塑剤③油圧液、潤滑油④ポンプ、切削機等の使用液⑤農薬とする等を決めている。

右1ないし6の認定事実からすれば、PCBは、その慢性毒性、蓄積毒性がかなり強い危険物質であるとされていることは明らかである。

四カネミ米ぬか油中へのカネクロール四〇〇の混入経路

1 はじめに

以上検討してきたところにより、本件油症事件は、被告カネミ米ぬか油製造の脱臭工程で使用していた熱媒体である有毒物質カネクロール四〇〇が米ぬか油に混入していたために生じたものであることが明らかであるが、カネクロール四〇〇がどのような経路で混入したかについては、当事者主張の

(一) 人為的投入説

(二) 脱臭罐の内槽と外筒との間のカネクロールパイプのフランジ接合部から漏出したとするフランジ漏出説。

(三) 脱臭罐内の内槽中のカネクロールパイプのピンホール(腐食孔)から漏出したとするピンホール漏出説とがあるところ、先ず、カネクロールが米ぬか油製造工程の系内に故意もしくは過失によつて投入されたと認めうるに足る証拠はない。そこで、以下フランジ説、ピンホール説について検討することとするが、その前に被告カネミにおける脱臭装置について、その増設経過を概観することとする。

2 被告カネミにおける脱臭装置の増設経過

〈証拠〉によれば、次の(一)ないし(九)の事実を認めうる。

(一) 被告カネミの脱臭装置は、昭和三六年四月当時、一号脱臭罐、予熱罐一基、冷却罐一基、加熱炉一基、循環ポンプ(ギヤー式)一基、循環タンク(容量約二〇〇リツター)一台、地下タンク(容量三〇〇リツター位)一台、真空装置(ブースクー一基、エゼクター二基、バリコン三基)から成つていたが、被告ガネミは、昭和三七年六月に一号脱臭罐と同じく訴外三和を通じて三紅製作所で製作した二号脱臭罐を増設し、次いで昭和三八年一一月に三号脱臭罐、昭和四一年一一月に四号脱臭罐、昭和四二年一一月に五号脱臭罐をそれぞれ増設したものであるが、右三号ないし五号脱臭罐は、被告カネミにおいて直接西村工業所に注文して作らせたものである。

(二) 二号脱臭罐は、昭和四二年九月頃、カネクロールパイプが外筒に入るところに設けてあるマンホールの上の角の部分に針の孔位の腐食孔があり、空気が漏れて真空がきかなくなつたため、被告カネミの鉄工係で溶接修理して使用していたが、一ケ月位して前溶接場所の横の方に再び空気漏れがあり、前同様被告カネミにおいて修理して使用していたところ、今度は、外筒の下から三分の一位の高さに再び空気漏れが見付かり被告カネミにおいて修理したが、間もなく修理した横の辺りに空気漏れが生じ、被告カネミの修理ではきかないことがわかつたので、同年一一月末日頃、運転を停止し、その頃別のもう一基の新しい脱臭罐ができていたので、直ちにこれを新しい二号脱臭罐として設置し、同年末には新二号脱臭罐として始動させたものであり、一方旧二号罐は同年一二月二日西村工業所へ修理のため搬出され、同年一二月一四日に修理が完了して被告カネミに戻り、昭和四三年一月三一日より六号脱臭罐として始動するようになつたものであるが、旧二号脱臭罐(六号脱臭罐)は、右外筒の修理の際、内槽の覗窓のガラスを取外して外筒の覗窓のパイプと直結し、外槽内のカネクロールパイプにフランジを取付け、ロス取出口のパイプの径を一インチから1.5インチに変更し、内槽から出る油取出パイプをU字管に変更し、油取出口のバルブを外筒の外に出した外、カネクロールパイプが外筒に入る部分のマンホールを取除き大きなマンホールを取付ける等の変更がなされている。

なお六号脱臭罐の構造は、外筒と内槽の二重の槽からなつており、内槽内には、ステンレス製パイプの蛇管が上下六巻コイル状に二列に設置されており、内槽上部には飛沫防止板、アンブレラが取付けられており、その構造略図は別紙図面三の六号脱臭罐構造概略図のとおりである。三号ないし五号脱臭罐も、ほぼ六号脱臭罐と同じ設計構造となつている。

(三) 予熱罐は、脱臭罐三基のときまで一基であつたが、四号脱臭罐が始動するようになつた昭和四二年九月四日から二基目の予熱罐が運転されるようになつたが、この二基目の予熱罐は、一基目の冷却罐が故障したため二基目の冷却罐と取替えると共にこれを西村工業所に送出して予熱罐に改造したものである。

同様に、脱臭罐が四基となつた昭和四二年九月四日から冷却罐は二基となり、三基目の冷却罐が設置され始動している。

(四) 加熱炉は、脱臭罐四基の時までは一基で運転されていたが、昭和四三年一月一五日脱臭罐が五基となつた時から、加熱炉は二基となつた。

一基目の加熱炉は、昭和三六年四月から始動したものであり、昭和三八年一月の焼付事故の際、炉内のカネクロールパイプの径が一インチから1.2インチに変更され、更に、昭和三九年夏の焼付事故の際、運転を停止すると共に炉内のカネクロールパイプの径が1.2インチから1.5インチに変更されたが、一基目の加熱炉に替つて、昭和三八年春増設されていた、1.5イチの径のカネクロールパイプが使用されている二基目の加熱炉が運転されるようになつた。二基目の加熱炉は、昭和四一年六月に爆発事故を起こしたため、約一ケ月間運転を休止し、その休止期間中は一基目の加熱炉が運転され、二基目の加熱炉の修理が完了した昭和四一年七月再び二基目の加熱炉の運転が開始されて、以後その運転が継続されることとなつたが、同時に一基目の加焼炉は、五基目の脱臭罐が運転されるようになつた昭和四三年一月一五日まで運転を休止し、昭和四三年二月当時、一基目の加熱炉は一、二、五号脱臭罐へ、二基目の加熱炉は、三、四、六号脱臭罐へ、それぞれカネクロールを送つていた。なお、被告カネミは、昭和四三年三月にも加熱炉の焼付事故を起している。

(五) 循環ポンプは、昭和三六年四月の一号脱臭罐始動時期には歯車がかみ合いながらカネクロールを押出す、いわゆるギヤーポンプを訴外三和を通じて買って使っていたが、故障が多いため昭和三八年頃に六五式五馬力のポンプ一基を購入し以後これを使つていたが、昭和四一年四月一〇日に横田式ポンプ五馬力一基を購入し、六王式ポンプが故障した昭和四二年四月と同年一〇月の二回に亘り短期間横田式ポンプを使用していたが、昭和四三年二月末以降は、六王式ポンプを能力不足のため廃棄処分にし、横田式ポンプを使用していた。

(六) 昭和三六年四月据付けて使用を開始した容量約二〇〇リツターの循環タンクは、昭和三八年一一月二〇日、容量を七五〇リツターのものに変更したが、昭和四三年三月頃循環タンクのエアー抜きパイプが腐食して孔があき、パイプ付け根あたりが腐食してパイプがぐらつくようになつたため、同じく容量七五〇リツターのタンクと取替えた。

(七) 昭和三六年四月据付けて使用を開始した容量約三〇〇リツターの地下タンクは昭和三八年一一月二〇日容量一、〇〇〇リツターのタンクに変更した。

(八) 真空装置は、脱臭罐が二基となつた昭和三七年一〇月に、新しく脱臭罐二基用の真空装置であるブースター二基、エゼクター三基、バリコン三基の組合せのものを購入し、脱臭罐二基用の三段エゼクターの後に以前購入した脱臭罐一基用の真空装置のエゼクターとバリコンの一部を取付け、真空装置の能力をアツプして使用していた。昭和四二年六月頃、旧一基用の真空装置の残りであるブースター一基とバリコン一基を一段エゼクター二段エゼクターとの間に取付けたが、ブースター同志の能力がアンバランスになつたためこのブースターの使用を中止した。

(九) 昭和四三年二月当時の被告カネミの脱臭装置は、地下タンク一基、循環ポンプ一基、循環タンク一基、加熱炉二基、予熱罐二基、脱臭罐二基、冷却罐二基、真空装置一式からなつていた。

3 ピンホーール漏出説

〈証拠〉を総合すると、次の(一)ないし(三)の事実を認めうる。

(一) カネクロール四〇〇の米ぬか油中混入経路についてのピンホール説は九大鑑定である。

右九大鑑定は、昭和四四年八月二〇日付鑑定書(甲第二七号証)と昭和四五年二月三日付追加鑑定書(甲第二八号証)から成る。

昭和四四年八月二〇日付鑑定書は、カネミ油症事件(食品衛生法及び業務上過失致傷被疑事件)について小倉警察署長より次のとおり七回に亘り鑑定が嘱託され、鑑定人により、それぞれの鑑定作業実施結果に基づいて作成されたものである。

(1) 鑑定嘱託年月日

昭和四三年一二月二四日より昭和四四年五月三一日までの間

(2) 鑑定人

九大工学部化学機械工学科教授篠原久、同助教授宗像健、同農学部食糧化学工学科助教授三分一政男、同薬学部教授塚元久男、同吉村英敏、同工学部鉄鋼治企学科教授木下禾大、同助教授徳永洋一

(3) 嘱託事項

六基の脱臭罐内へのカネクロールの漏出の有無、あるとすれば漏出の箇所及びその量、六基の脱臭罐内カネクロール循環ステンレスパイプに生じたピンホールの成因について。鑑定資料中に塩化ビフエニールを含有しているかどうか。含有しているとすればその量。鑑定資料中に油脂及び塩化ビフエニールあるいはその重合物がどの程度含まれているか。六号脱臭罐内カネクロール循環用パイプに生じたピンホールの形状並びにこれが成因について、一号、二号、五号各脱臭罐について同上事項、カネミ倉庫株式会社製油部の脱臭装置及び操作の適否、適切でないとすれば、それが六号脱臭罐ステンレスパイプの腐食孔の生成に関係があるかどうか。六号脱臭罐ステンレスパイプに生じた腐食孔の充填物が、開孔あるいは閉塞する可能性。その他関連事項。

次に、昭和四五年二月三日付追加鑑定書は、前記被疑事件について小倉警察署長より次のとおり鑑定が嘱託され、鑑定人によりその鑑定作業実施結果に基づいて作成されたものである。

(ⅰ) 鑑定嘱託年月日

昭和四四年一一月二八日

(ⅱ) 鑑定人

九大工学部教授 木下禾大、同篠原久、同助教授徳永洋一、同宗像健

(ⅲ) 嘱託事項

一、二、三、五、六号の脱臭罐の蛇管(カネクロールパイプ)について、(イ)材質、(ロ)TIG溶接線の熱影響部の位置、(ハ)JIS規格通りの熱処理の有無、(ニ)ピンホールの有無、有るとすればその形状位置、成因はなにか、(ホ)以上の鑑定結果及び先になされた鑑定結果を総合した六号脱臭罐蛇管の腐食孔の成因について。

(二) 右鑑定人等によつて脱臭罐六基についての漏れ試験は昭和四三年一二月二六日に行われた。六号罐についても、あらためて九大調査班が同年一一月一六日に行つた同様の方法により空気漏れ試験を行つた。六号罐を除く五基の脱臭罐については被告北九州市衛生局長が小倉警察署に被告カネミを告発する以前に被告北九州市衛生局員と被告カネミ従業員によつて空気漏れ試験が行われ、その結果これら五罐については空気漏れを認めなかつたということであつたが、鑑定人等は、あらためて鑑定嘱託に応じて五キログラム圧の空気圧をかけて空気漏れ試験を行なつたのである。

第13表

空気漏れ量( )内は,11月16日実施の結果

6号罐

a

100cc/3分55秒,200cc/8分11秒(14cc/10分,中孔)

b

微量(中孔の1/3程度)

c

20cc/6分38秒(114cc/5分,大孔)

5号罐

1cc/5分5秒

2号罐

16秒おきに2?3mm径くらいの気泡

1号罐

46cc/2分

右試験の結果、六号罐の外、一、二、五号の三罐に空気漏れが発見された。右試験による空気漏れ量は左記第13表空気漏れ量のとおりであり、六号罐については、空気漏れ量の点で、同年一一月一六日の前記九大調査班による値とは相当異なつていた。

鑑定人等は、昭和四四年四月一一日、六号脱臭罐のカネクロール蛇管を採取し、また同年五月二日には六号罐以外で空気漏れ孔が発見されている。一号、二号、五号の各罐のカネクロール蛇管を鑑定資料として採取し、それぞれ外観検査、顕微鏡検査、X線検査、炭素分析を行い、また六号脱臭罐カネクロール蛇管の内壁付着物及び孔充填物(爪揚枝で除去したもの)を採取し、その化学的分析を行つた。

右諸検査の結果、一号脱臭罐の蛇管で外観検査によつても貫通孔が一箇だけ発見されているが、これはその位置が溶接線とは無関係であり、X線検査でも周辺に他の腐食孔が認められないことから、パイプ製造時既に存在していた表面傷から腐食が進行したものと判断された。

なお、二号脱臭罐及び五号脱臭罐の各蛇管についてはX線検査により欠陥は全く認められなかつた。

六号脱臭罐の蛇管については、外観検査で六箇の貫通孔が発見され、一方パイプを縦に半割してカネクロールに接する内面を点検すると、直径一ミリ以下の微細な孔が多数存在し、かつこれらのうち一部は、油が侵出して形成されたと思われる油膜模様も認められ、一部の小孔では貫通直前の状態が観察された。孔の形成位置は、溶接による熱影響部が大部分を占め、溶着部に位置する孔は極めて少なく、かつこれには貫通孔が認められなかつた。

右貫通孔のうち、最大のものは第13表Cの孔に相当するもので、外観検査では、幅2.0ミリ、長さ5.0ミリ及び幅1.7ミリ、長さ4.0ミリの二箇の孔が連結されたように見え、後者が貫通していたものであり、顕微鏡検査によつても前者の孔はまだ貫通せず、後者の貫通孔は幅二ミリ、長さ七ミリで、最初内面に油が酸化したと思われる付着物が突出していたが、これは指先で容易に除去され、孔の内部には充填物が固着し、その一部は爪揚枝により容易に除去され、それぞれ資料として採取された。

なお、前記第13表のaの孔は、外観検査による右六個の貫通孔の一つであり、直径が約1.5ミリであり、同表bの孔も右六箇の孔の一つで顕微鏡検査では、腐食の進行経路が複雑であるが、明らかに貫通していた。

(三) 右鑑定人等は、捜査報告書から判断して六号脱臭罐の試運転期の昭和四三年一月三一日、二月一日、二月二日の時期に腐食孔からカネクロールが漏出したとすれば、これが患者使用油中に含まれていたカネクロールと時期的に関連づけられると考え、さらに漏出期前後における孔の開閉の可能性等を検討した後、製品油へのカネクロールの混入経路につき、結論として昭和四四年八月二〇日付鑑定書において、

「カネミ倉庫株式会社において昭和四三年二月五日以降、数日ないし十数日間に製品詰めされた米ぬか油に含有されている塩化ビフエニールは、同社の脱臭工場に設置されている第六号脱臭罐内のカネクロール蛇管の腐食孔からカネクロールが漏出し、製品に混入したものである可能性がきわめて大きい。」と記載している。

そして、この可能性が大なることを結論するに至つた理由の要点として

(1) 患者使用油に含有されていた塩化ビフエニールと、カネミ倉庫株式会社脱臭工場で使用中のカネクロールを混入し、脱臭操作を行つた油中の塩化ビフエニールとについてガスクロマトグラフによる分析を行つた結果、明らかに成分組成が一致したこと、即ち、患者使用油中の塩化ビフエニールは脱臭操作を受けたカネクロールであることが明らかであること。

(2) 六号脱臭罐のカネクロール蛇管を切取り、検査した結果、最大二ミリ×七ミリ程度にもおよぶ貫通孔のほか径一ミリ内外の貫通孔数箇が確認され、孔の中には異物が充填されていたため現地での漏れ試験の際には漏出量が少量であつたことがわかつた。しかもこの充填物は、爪揚枝の先で容易に除去される程度の軟弱なものであつたこと。

(3) 六号脱臭罐が試運転された昭和四三年一日三一日、二月一日、二月二日の脱臭油を製品とした日が 患者使用油が製品詰された同年二月五日と時期的にちようど一致すること。

(4) 患者使用油中のカネクロール含有量は、六号脱臭罐の上記腐食孔内充填物が一部でも欠損しておれば、その漏出量から説明しうる程度の量であること。

(5) 旧二号罐を改造して六号脱臭罐とした工事の間に、腐食孔内の異物が損壊あるいは多孔質化する可能性は決して少なくないと判断されること。

(6) 運転後短時日の間にこの漏出孔が閉塞する可能性もあると判断されること。

との諸点をあげている。

次に、右鑑定書で、六号脱臭罐カネクロール蛇管の腐食孔は、溶接線の中心より約五ミリメートル離れたいわゆる溶接熱影響部に発生した粒界腐食であることが明らかであるとし、更に昭和四五年二月三日付鑑定書で、まず、六号脱臭罐カネクロール蛇管の内面カネクロール側から粒界腐食特有の糸状侵食が貫通してしまい、続いて、その部分で表面脱臭油側からの急激な腐食が相重なつて大きな貫通孔を形成したと推定されるとし、内面からの腐食には、運転停止時にカネクロールに残存していた水分及びカネクロールの過熱によつて分解発生した塩化水素が関与したものと推定されるとする。また内面からの腐食が管壁を貫通したのちはこれが塩化水素の侵出経路となり、外側の比較的豊富な水分と相俟つて表面からの急速な腐食が起つた可能性があるとし、六号脱臭罐のカネクロール蛇管中欠陥が多く発見されたのは最上部第一段目の蛇管であることを指摘し、その原因として、運転停止時にカネクロール中に残存していた水蒸気が配管内の高い位置にある蛇管上部に集つて凝縮水となる可能性を挙げている。

4 フランジ漏出説

〈証拠〉を総合すると、次の(一)及び(二)の事実を認めうる。

(一) フランジ漏出説は、国士館大学工学部竹下安日児教授が油症事件のカネクロール四〇〇の混入経路につき判定したものであつて、同人によれば、脱臭罐(六号脱臭罐を指すことが窺われる。)内部の内筒の外に相当する位置にある加熱パイプのフランジから、脱臭時のトレイの振動なども手伝つてネジがゆるみパツキングがあまくなつて循環中の高温熱媒体の漏洩がおこつた。そして一部蒸発し、大部分はセルドレイン(飛沫油のことで、脱臭操作によつて一部の油が飛沫となつて内槽内から飛出し、内槽と外筒の間の底部に貯留するもの)と混合し、セルドレインの水分等の影響で発泡し、留分と共に本来の組成に近いPCBも食用油に混入したとし、フランジから漏出したカネクロール中、一部の蒸発したカネクロールは、拡散及び真空度の差(フランジから漏れたカネクロールの一部が蒸発し、それによつて外筒の真空が内筒の真空に比べて悪くなり、内筒と外筒との間の空間はつながつているため、約一、二秒のうちに、真空の変動は平衡に達する。)より内槽中の油中へ逆流して溶け込み、また初期における温度差による凝縮滴下によつても右油中へ入るが、右カネクロールの大部分は外筒内底のカネクロールがセルドレインの水分等の影響であわ立ち、内槽中の油中へ溶け込んだとするものである。そして、短時日にフランジからの漏出がとまつたのは、フランジのパツキングが高温のカネクロールに一、二日間侵しているうちに膨潤してフランジの間げきが閉塞されたか、増し締めしたかどちらかによるとする。

(二) 竹下教授は、九大鑑定における腐食孔の閉塞の可能性を疑問視する一方、ピンホール漏出説ではダーク油事件における事故ダーク油のカネクロールの組成を説明できず、フランジ漏出説によつてこれが可能であるとする。

ダーク油事件とは、昭和四三年二月二〇日頃から三月上旬まで九州各県、山口県、四国等西日本一帯で鶏(プロイラー)が奇病にかかり、食欲、活力を失い、呼吸困難であえぎながら死亡する事故が続発し、死亡鶏には、腹水、心臓水の増加、肝壊死、腎の尿細管拡張、下腹、下胸皮下組織の浮腫等の所見が認められ、この奇病による被害羽数は約二〇〇万羽に達し、うち四〇万羽が死亡した事件である。そしてこの原因は、農林省福岡肥飼料検査所、農林省家畜衛生試験場九州支場、鹿児島畜産課等の調査によつて間もなく東急エビス産業株式会社九州工場と林兼産業株式会社下関工場で製造した飼料のみが右中毒と関係したと判明し、右両社で、被告カネミが同年二月六日ないし二七日出荷したダーク油を飼料に添加したことによつて生じたものであると推定されるに至り、両社から出荷された飼料は回収され、右奇病も同年三月下旬には終息へ向つたものであり、カネミ油症事件発生後右ダーク油中には、塩化ビフエニールが混入していたことが判明した。

ところで、右フランジ漏出説は、ダーク油中に脱臭飛沫油及び脱臭蒸散油(真空脱臭によつてミストセパレーターに溜る、油中から蒸散した有臭成分及び油からなるセパレーター油並びにホツトウエルに浮く、主として有臭成分からなるあわ油)がダーク油中に混入されたことを前提とし、ピンホール漏出説では、ピンホール食用油中に漏出したカネクロールは食用油と共に脱臭操作を受けて、カネクロールの高沸点部分が食用油中に残り、低沸点、低塩素化度部分が脱臭飛沫油及び脱臭蒸散油に留出すべきところ、分析の結果、事故ダーク油中のカネクロールの組成はカネクロール四〇〇よりも低沸点部分が少なかつたから、ピンホール漏出説ではこの点の説明が困難であるとし、一方、フランジ漏出説によれば、フランジから漏出したカネクロール中、内槽内に入らず、かつ蒸発もしないで外筒内底に残留した低沸点、低塩素化度部分が少ない組成のカネクロールが、脱臭飛沫油と共に回収されて、これが低沸点部分が多い組成のセパレータ油及びあわ油と共にダーク油に混入された場合に、なお全体としてダーク油中で低沸点部分が少ない組成のカネクロールとなるから、右の点の説明が可能であるとする。

5 ピンホール漏出説とフランジ説との比較検討

〈証拠〉により、右両説を検討すると、次の(一)ないし(四)のとおりいいうる。

(一) フランジ漏出説は、フランジのバツキングの膨潤を含めて何等の実験の産物でもなく、推測に基づく仮説であつて、竹下教授自身欠陥があつたとするフランジを直接観察してその欠陥を確認したわけでもなく、却つて、九大鑑定人等によつて、昭和四四年三月一九日実施の第三次鑑定作業の際、六号脱臭罐のカネクロールパイプ(入)(出)フランジ部分には異常がなかつたことが確認されているし、フランジが増し締めされたと認めうる証拠もなく、またあわ立ち現象なるものも、実験の結果確認されたものではなく、トレイの外側の漏洩によつて内側の食用油が汚染された実例を聞いているというに止まり、六号脱臭罐の外筒底から内筒とアンブレラ間のすき間まで約1.8メートル、フランジ部分からしても約1.5メートル以上もあるのに、右高さに達するあわ立ちがどのようにして起つたのか、攪伴された食用油脂の一部や吹込み蒸気が吹出ている内筒内に、しかもさらに脱臭罐上部には、真空減圧による油中の有臭成分の蒸気吸上げ口があつて蒸気を吸上げているのに、どのようにして同人のいう一秒又は二秒という短時間に多量のあわ立ちセルドレインが内筒内に入つたのか等について合理的な説明をなしていない。

(二) 脱臭罐内カネクロール蛇管の腐食孔が短時日のうちに、油の重合物の付着、充填物の膨潤、カネクロール中の不純物粒子等により閉塞したとの可能性があるとする九大鑑定は、実験を重ねた結果、一ミリ、二ミリ程度の孔は油の燃焼がおこるとか、摂氏三〇〇度程度であまり油が流動しない状態に保たれれば、タール状物質の生成により比較的短時間に閉塞することが明らかであるが、通常の操業状況即ち摂氏二三〇度程度で油、カネクロール共に流動している状態では容易に閉塞するとは思えないが、運転休止時、罐の余熱で摂氏二五〇度ないし二七〇度程度に保たれる時間があれば、その蓄積によつて数日のうちに塞がれる可能性はあるとし、昭和四三年一月三一日、二月一日、二月二日における六号脱臭罐の運転状況は、昼間二ないし五バツチの運転をし、夜間は休止していたことから右可能性につながると考えられる上、貫通孔の内壁には顕微鏡写真からわかるように、著しい凸凹があるから、油がその間に保持されやすく、右可能性は増大すると考えられるし、また、カネクロールの循環系統には、鉄さび等を除去する十分な濾過装置もなく、地下タンクは開放に近いから、木屑や砂等も混入して一緒に循環される可能性があり、また、配管工事の際には、溶接屑、その他の粉塵が配管内に残されている可能性も大きいので、これら屑がカネクロールが流出しつつある孔に入りこんで孔を閉塞する可能性もあるとする。

さらに、九大鑑定は、以上は一個の孔からの漏出が支配的であつたと考えた場合の推理であるが、充填物に多数の亀裂が入つていたとか、孔充填物が多孔質化していると考えるならば、事情はかなり異なり、実験結果からも明らかなように塞がる可能性は極めて大であり、被告カネミで使用していたカネクロール中には、鉄化合物と思われる赤色を帯びた微粒子が懸濁しており、これが多孔質内を通つて漏出する際には、濾過されて この濾滓が閉塞を助けているのか、単に油の重合物と思われるものが付着して閉塞するのか、または油の重合物と思われる充填物がカネクロールによつて膨潤し、これによつて閉塞が早められるのか、いずれか明確には指摘できないが、おそらくはこれらの影響が重なつて孔の閉塞が起こると考えられるとする。

一方、竹下教授は、孔の閉塞に関する九大鑑定の実験を批判して、同人の実験では類似した苛酷なしかも空気中での加熱条件が高温PCBの漏洩を容易に防止するタール状物質を生成する状態になりえないことを三回繰返して再現十分な結果をえたとし、また、九大鑑定の実験条件と現実の脱臭操作の場合との違いを指摘して、腐食孔からのカネクロールの漏洩を否定する根拠としているが、同人の行つたとする実験の内容は何等示されていないし、また、九大鑑定は、右のとおり、腐食化の閉塞については操業中よりむしろ運転休止時を想定しているのであり、また、その原因については単に油の重合物の付着によるとしているのではなく、カネクロール循環系内に入込んでいる鉄さび、木屑、砂、溶接屑等の粒子の存在をも挙げているのである。

(三) 竹下教授は、前記のとおり、フランジ漏出説の根拠として、分析の結果事故ダーク油中の塩化ビフエニールは、カネクロール四〇〇よりも低沸点部分が少ないことを指摘するが、脱臭飛沫油がダーク油に混入されたと認めるに足る証拠もないし、分析したとする事故ダーク油のサンプルの入手先も、分析の結果の数値もあいまいである。

(四) 一方ピンホール漏出説の九大鑑定は、前記のとおり六号脱臭罐のカネクロール蛇管に腐食孔のあることを空気圧試験、蛇管を採取した上での外観検査、パイプを半割りにしたものについての三〇万ボルトX線透過撮影、顕微鏡検査等を行つて確認し、カネクロール漏出期前後の腐食孔の閉塞の可能性を、孔充填物の分析及び孔閉塞についての実験を行い、更に六号脱臭罐の製作、補修、設置に関する捜査報告書等をも総合判断して、前記のとおり結論を出しているのである。

右(一)ないし(四)のピンホール漏出説とフランジ漏出説の比較検討からすると、フランジ漏出説は、食用油へのカネクロール混入経路を説明する仮説にすぎず、ピンホール漏出説こそ右混入経路を最も合理的に解明するものであるというべきである。

(五) なお、被告鐘化は、更にフランジ漏出説の根拠として、製品食油中に残留していたカネクロールの量を約二五kgであつたとし、脱臭操作による蒸散残留率を一〇分の一とみて製品食油残留カネクロール総量から考えられるカネクロールの漏出混入総量をピンホール漏出説で約二五〇kg、フランジ漏出説で約三〇〇kgであるとし、一方事故ダーク油中の塩化ビフエニールの総量は約一〇〇ないし一六八kgであつたとし、ピンホール漏出説、フランジ漏出説両者の立場から、漏出カネクロールがダーク油中に混入されると考えられるカネクロールの量を検討し、ピンホール漏出説ではダーク油中に混入されると考えられるカネクロールの量を検討し、ピンホール漏出説ではダーク油中に混入されると考えられるカネクロールの量は、次の(1)、(2)のとおり81.5kgもしくは八〇kgとなつて、事故ダーク油中のカネクロール総量の控え目な数量の一〇〇kgに満たないのに対し、フランジ漏出説では、ピンホール漏出説の場合の量に加えて外筒内底のカネクロール相当量が付加されてダーク油中に混入されるから、事故ダーク油中のカネクロールの総量に符合するとする。

(1) 漏出カネクロール二五〇kgの行方についてこれを計算すれば、

飛沫油中に

25.0kg(10.0%)……(a)

脱臭完成油中に

18.75kg(7.5%)……(b)

セパレーター油中に

51.5kg(20.6%)……(c)

あわ油中に

5.0kg(2.0%)…………(d)

ロスト分

149.75kg(59.9%)…(e)

となるところ、ダーク油中に混入されると考えられるものは(a)(c)及び(d)であるが、合計は81.5kgになる、と被告鐘化は主張する。

(2) 漏出カネクロール二五〇kgの行方について

事故油の蒸散残留率を約一〇分の一と見て、従つて脱臭完成油中のカネクロール量を二五〇kgとして計算すれば、

飛沫油中に

二五kg(一〇%)………………(a')

脱臭完成油中に

二五kg(一〇%)………………(b')

蒸散分は二五〇kgから右合計五〇kgを差引いた二〇〇kgであるから、

セパレーター油は、二〇〇kgの四分の

一である五〇kg(二〇%)………(c')

あわ油は特に大きな変化はないと考えられるので五kg(二%)…………(d')

ロスト分一四五kg(五八%)………(e')

従つてこの場合ダーク油へ行くと考えられるものは、(a')(c')及び(d')であり、その合計は八〇kgであつて、前記計算よりなおややダーク油へ行くカネクロール量は減少すると被告鐘化は主張する。

しかし、製品食油中に残留していたカネクロールの量を約二五kgであるとするのは、証人稲神馨の証言に基づくものであるが、右の点に関し、同証人は、右数量を概算で二〇kgから三二〜三kgと供述しているのであつて、右証言から直ちに製品中の残留カネクロール量を約二五kgと確定することは困難であるし、また、事故ダーク油中の残留カネクロールの総量を丙第六〇、第六一号証、証人稲神馨の証言から約一六八kgであつたとは未だ認めるに足りず、他にこれを認めるに足る証拠もないから、以上の点のみからしても、右の数値に基づいて被告鐘化の行つたような独自の計算は到底成立しえないものというべきである。

なお、鐘化の行つた右計算は、被告カネミにおいて、カネクロールが脱臭工程中に混入し、脱臭操作を受けたとすれば、カネクロールは脱臭完成油に残留する外 飛沫油、セパレータ油(真空脱臭の際ホツトウエルまで真空にひいている途中に、脱臭仕込油中の真空で引かれた油中の蒸散成分等を貯留回収するためにミストセパレーターが設置されており、そのミストセパレーターに溜る、微少の油飛沫等からなる油分)、あわ油(真空脱臭により仕込油中の蒸散成分等で、ミストセパレーターで分離されずになお、真空でひかれたものは、ホツトウエルに達し、ホツトウエルの水面上に浮いている油分)、ロスト分(ホツトウエルの底に沈澱するものや、ホツトウエルの水中に浮遊するもの)のそれぞれの中に、カネクロールが如何なる割合で含まれるかを九大鑑定書(甲第二七号証)に記載されている、三六〇kgの脱色油にカネクロール四〇〇を一〇kg混入して被告カネミの脱臭装置を用いて脱臭操作を行つた九大の実験結果を基に、更に九大の実験結果から判明しないあわ油、セパレーター油の産出量については、証人森本義人の証言によつて、次のとおり、

カネクロールを一〇kg使用し(これを一〇〇%とする)

このうち 飛沫油中に

1.0kg(10.0%)………(a)

脱臭完成油中に

0.75kg(7.5%)………(b)

セパレーター油中に

2.06kg(20.6%)……(c)

あわ油中に

0.2kg(2.0%)…………(d)

ロスト分

5.99kg(59.9%)……(e)

となるとし、右のうちダーク油原料として使用されるものが(a)(c)及び(d)であるとし、ピンホール漏出説では漏出したカネクロール総量は前記のとおり製品油中の残留カネクロールを二五kgとして、これをカネクロール残留比率一〇分の一で割つた二五〇kgになるとして、その行方を右比率で算出したものである。

しかし、甲第二七号証によれば、九大の実験ではカネクロール残留比率は一二分の一であつたことが認められるのであるから、仮に各留分へのカネクロールの移行比率が被告鐘化の主張するとおりであり、製品油中のカネクロールの総量が二〇〜三三kgであるとしても、右二〇〜三三kgを一二分の一で割つた二四〇〜三九六kgについて各留分のカネクロールの含有量は右比率に応じてカネクロールの行方を計算しなければならないのであり、そうすれば

飛沫油中に

24.0〜39.6kg…………(a)

脱臭完成油中に

18.0〜29.7kg…………(b)

セパレーター油中に

49.44〜81.58kg……(c)

あわ油中に

4.8〜7.92kg……………(d)

ロスト分

143.76〜237.2kg…(e)

となり、飛沫油、セパレーター油、あわ油がダーク油原料として使用されたと認めうるに足る証拠はないが、仮に被告鐘化の主張するように右の留分がダーク油の原料として使用されたとして、(a)(c)及び(d)の合計が一〇〇kgを超えることは充分ありうるのである。

また、被告鐘化が示す右カネクロール移行比率中、あわ油に含まれるカネクロール量を0.2kgとしているのは、九大実験が第一回脱臭終了後のあわ油中のカネクロール濃度が約二〇四、〇〇〇PPmであるとしているだけで あわ油自体の総量の調査をしていないので、一日五〇バツチ脱臭運転をして、あわ油の産出量は一斗罐三罐であるという証人森本義人の供述により、一バツチ脱臭運転をして、あわ油の産出量は約一kgであるとし、このうちカネクロールは約二〇四、〇〇〇PPmであるから、次の算式によつて求めたものである。

次に、被告鐘化は、セパレーター油のカネクロール量については、その産出量もその中のカネクロール濃度も九大実験からわからないため、一日五〇バツチの脱臭作業で一斗罐三罐のあわ油と一斗罐一杯のセパレーター油のとれるとの証人森本義人の供述により、脱臭罐から蒸散したものが、セパレーターに貯留するものと、ホツトウエルに導かれるものとは一対三の割合であるとし、カネクロール一〇kgを混入した脱臭仕込油の脱臭の結果、当初のカネクロール量一〇kgから、飛沫油のカネクロール一kg、脱臭完成油中のカネクロール0.75kgを差引いた8.25kgが真空装置により脱臭罐内から蒸散し、この蒸散した8.25kgのカネクロールについて、セパレーターとホツトウエルに導かれる割合を右一対三として計算し、その四分の一の約2.06kgはセパレーターに貯留し、四分の三の約6.19kgがホツトウエルに導かれることになるとしている。

しかし、右計算の基礎となつているあわ油の総量は一kgであり、また右計算上あわ油とセパレーター油の各産出量の比率は三対一との証人森本義人の供述を援用しているのであるから、セパレーター油の総量は三分の一kgである筈であるのに、その三分の一kg中に2.06kgのカネクロールが存在する計算となつており、被告鐘化が示すカネクロールの各留分への移行比率そのものが間違つていることは明らかである。

6 まとめ

以上検討したところからすると、旧二号脱臭罐を改造修理して六号脱臭罐として工事設置した間に、同脱臭罐内のカネクロール蛇管の腐食孔内の異物が損壊あるいは多孔質化していたまま、被告カネミにおいて昭和四三年一月三一日同脱臭罐を始動して脱臭操作をしそれ以後同年二月初めにかけて、同脱臭罐内のカネクロール蛇管のピンホール(腐食孔)からカネクロール四〇〇が食用油中に漏出、混入したものというべきである。

五被告カネミの行為と本件油症との因果関係についての結論

以上の次第で、被告カネミは、昭和三六年から米ぬか油製造の脱臭工程に熱媒体として、被告鐘化製造にかかる、毒性の強い合成化学物質カネクロール四〇〇を使用していたが、昭和四三年一月三一日から同年二月初めにかけて、六号脱臭罐内のカネクロール蛇管の腐食孔から脱臭操作に用いた熱媒体のカネクロール四〇〇が米ぬか油中に漏出、混入し、次いで右カネクロールが混入した米ぬか油が販売され、この米ぬか油を食用した油症患者たる原告らがカネクロール四〇〇によつて油症被害を蒙つたものというべきである。

第四  被告カネミの責任

一被告カネミの食品製造販売業者としての注意義務

1 食品製造販売業者の一般的安全確保義務

食品は、人がその生命、健康を維持するために日常不可欠に食するものであるから、およそ人の生命、健康を害するようなものであつてはならないことはいうまでもなく、国も明治の初め以来食品製造販売業者に対し種々の規制を行つてきており、特に昭和二二年一二月二四日には食品衛生法を施行して、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、公衆衛生の向上及び増進に寄与するため、食品製造販売業者に対し、総括的な規制を行つている。

右食品衛生法第四条は、食品又は添加物について、一般に人の健康を害う虞がなく飲食に適すると認められているものを除いて、腐敗し、もしくは変敗したもの(同条第一号)、人の健康を害う虞がない場合として厚生大臣が定める場合を除いて、有害な、または有害な物質が含まれ、または附着しているもの(同条第二号)、病原微生物により汚染され、またはその疑があり、人の健康を害う虞があるもの(同条第三号)、不潔、異物の混入又は添加その他の事由により、人の健康を害う虞があるもの(同第四号)を販売し、または販売の用に供するために製造等をしてはならない旨規定し、また同法第六条は、化学的合成品について、人の健康を害う虞のない場合として厚生大臣が定める場合を除いては、食品の添加物として製造販売してはならないし、または化学的合成品を含む食品を製造販売してはならない旨規定し、また右違反に対してはいずれも重い刑罰に処する旨規定して食品製造販売業者に対し、安全な食品を供給するべく規制を行つている。

食品製造販売業者は、当然食品衛生法の右注意規定を遵守して、食品によつて消費者に危害を与えてはならない極めて高度の安全性確保の注意義務を負うというべきであり、右高度の注意義務を負うことは条理上からも当然である。けだし、現代社会においては、消費者は、食品の安全性を信頼しつつ、食品たる商品を主観的満足の度合に応じて購入する以外に方途はなく、一方食品製造販売業者は、その食品について、製造工程等で有害、有毒物質、人の健康を害う虞があるもの等の混入を防ぎ、その混入の有無を検査することが可能であり、しかも、万一食品製造販売業者が食品に右物質を混入させるようなことがあれば、多数の人の生命、健康に直接の重大な危害を及ぼすことにもなるからである。

2 被告カネミのカネクロールの毒性等についての認識

被告カネミは、カネクロールを毒性ある物質と知らず、また、その毒性を認識しえなかつたことに全く過失がなかつたから、本件油症被害発生の結果の予見可能性はなく、従つて、その結果回避を期待し、命ずることはできない旨主張する。

しかし、〈証拠〉を総合すると、次の(一)ないし(三)の事実を認めうる。右認定を左右する証拠はない。

(一) 被告カネミは、昭和三六年四月、訴外三和から熱媒体に塩化ビフエニールを使用することが予定されている三和式精製装置を導入して米ぬかの精製を開始し、カネクロールを熱媒体として脱臭工程で使用するようになつたのであるが、右精製を始めると共に、被告カネミの製油部精製工場主任、同年一一月一日同部精製課長等を経て、昭和四〇年一一月二一日被告カネミの本社製油部工場長兼同部精製課長となつた森本義人は、三和精製装置の導入後間もなく、訴外三和の岩田を通じてカネクロールが芳香族の塩素化合物であることを知つており、またカネクロールが熱媒体として食用油の中に混入させてはいけない異物であることを知つていたものである。さらに同人は甲第四七号証、同第五三号証と同一の被告鐘化のカタログを見ており、そのカタログには、カネクロールが芳香族炭化水素の誘導体でヂフエニールの塩素化物であることが記載されている。

(二) また、右いずれのカタログにも、取扱の安全と題する項目にカネクロールが芳香族ヂフエニールの塩素化物であるため、若干の毒性を有し、カネクロールの大量の蒸気に長時間曝されることは有害であることが記載されており、特に甲第五三号証のカタログには、そのようなカネクロール蒸気の長時間曝露に対しては速やかに処置する必要があり、カネクロール蒸気の最大安全許容量は2.0mg/m3と記載されている。

(三) 尤も森本は、右カタログにはカネクロールに若干の毒性はあるが実用上問題にならないとの記載もあるため、その毒性についてはさして問題にならないと理解し、また、三和式精製装置の導入後間もなく訴外三和の技術部長岩田文雄にカネクロールの毒性にそついて質問し、同人から被告鐘化の社員から聞いた話として、カネクロールについて動物実験をした結果全然支障がなかつたとの説明を受けており、右カタログの記載と合わせて、カネクロールについては毒性に特に注意しなくてはいけないとは思わず、その外その毒性について特に検討することもなかつた。

右認定の(一)ないし(三)の事実からすると、被告カネミは、少なくともカネクロールが食品たる米ぬか油に混入してはならない化学的合成品であり、食品衛生法第六条にいう厚生大臣の指定する添加物以外の化学的合成品であることを知つていたものであり、また、後記のとおり被告鐘化がカネクロールの毒性、危険性について十分に明らかにすべきであつたのにこれをせず、むしろその安全性を強調して、その慢性毒性、蓄積毒性を秘匿したともいえるとはいえ、前記カタログの記載から、少くともカネクロールには若干の毒性があつてその蒸気を吸入することは有害であることを知つていたものであり、従つて人がこれを経口摂取することは当然有害であつて、カネクロールが、食品衛生法第四条第二号にいう、食品たる米ぬか油に混入してはならない有毒、有害物質であることも知りえたものというべきである。

3 熱交換器の劣化、損傷

〈証拠〉を総合すると、次の(一)ないし(四)の事実を認めうる。〈反証排斥・略〉他に右認定を左右する証拠はない。

(一) 熱交換器の運転に伴う劣化、損傷は普通避けられない。

即ち、熱交換器は、溶接不良、振動、衝撃、過負荷運転等の機械的原因によつて劣化、損傷する外、化学的あるいは電気化学的な侵食、いわゆる腐食によつて劣化、損傷する場合が多い。また、化学的あるいは電気化学的作用による腐食に応力、疲労、摩耗等の機械作用が加わると、その腐食速度が早まつたりする。

熱交換器に限らず、腐食は、その金属の材質とそれを囲む環境によつて誘発される。材質がよくても非常に苛酷な環境条件、例えば一般に材質的に問題がないとされる高級なオーステナイト系ステンレスでも、高温の塩酸中であれば腐食が進行するし、逆に腐食環境がよいからといつて材質が良くなければ腐食が起り、腐食は、材質と腐食環境の相互作用によつて生ずる。

腐食環境としては、水、酸、アルカリ、塩類等の溶液の存在、温度、濃度、バクテリア、流速、圧力、異物等がある。

腐食形式の分類には種々あるが、環境中の水分の有無によつて、水分がある場合の腐食である湿式腐食、水分がない場合の腐食である乾式腐食とがあり、また、腐食の分布によつて、金属表面が一様に腐食される全面腐食と金属表面の腐食分布が一様でなく、局部的に腐食される、孔食、点食等という局部腐食とがあり、さらに、腐食の進行の仕方によつて、金属の結晶粒の境界に沿つて腐食が内部に進入する粒界腐食と金属の合金成分の一つが選択的に溶解し、腐食しにくい成分が残つて金属が海綿状を呈する選択腐食とがある。

前記森本も、熱交換器が種々の要因で劣化、損傷することについては一応の知見を有していた。尤も被告鐘化の前記カタログ(甲第四七号証、同第五三号証)には、カネクロールは液相で摂氏三二〇度まで任意の温度で使用することができ、最高境膜温度(カネクロールがパイプに接する部分の最高温度)を摂氏三四〇度以下に抑えて使用すればよく、パイプは普通の鋼管で充分であつて、腐食の心配はなく、ステンレス管や銅管を用いる必要はないとか、局部加熱により、液が強制分解されたときは塩化水素ガスが生ずるが、装置内に水分の存在が考えられないため塩化水素ガスは乾燥状態のまま排気口から外部に流れ出て、装置が腐食されることは全然ないとか記載されていて、後記のとおりカネクロールを熱媒体として使用した場合の熱交換器の劣化損傷について不充分な記載がなされているが、一般に熱交換器に劣化損傷がありうることは、本件油症事件が発生する相当以前から通常の工学のテキストにも記載されている常識的な工学的知識である。

(二) 前記のとおり、被告カネミは、昭和三六年四月以来米ぬか油の製造工程中の脱臭工程の熱交換器に熱媒体としてカネクロール四〇〇を使用し、脱臭のために脱色油が入つた脱臭罐内に厚さ二ないし三ミリのステンレス製蛇管を設け、その蛇管内に加熱炉で摂氏二六〇度位に熱せられたカネクロール四〇〇を循環させていたのであるが、被告カネミの脱臭罐のステンレス製蛇管には、三号罐の蛇管のみサス(SUS)三三が使用され、他の蛇管はいずれもサス三二であつた。

サス三二は、オーステナイト系のステンレスの一般的なものであるサス二七に、それの孔食に対する抵抗を高める目的でモリブデンを入れたものであり、さらにその中で粒界腐食に対する抵抗を増すため炭素を減らしたのがサス三三であるが、オーステナイト系ステンレス鋼は、単相合金いわゆる石垣を積んだようなオーステナイト組織の時は腐食しにくいが、溶接中心線より約五ミリ程度離れた溶接熱影響部におけるように大体摂氏七五〇度位に再加熱すると炭化物が粒界に折出し、その周辺部でクロームの濃度が減つてオーステナイト組織が崩れ、腐食環境によつて粒界腐食が進行しまたミクロ的にみて、その部分で陽極と陰極が形成されて電気が流れ、その腐食を促進する。従つて、材質的に高級ステンレスが使用されていても、サス三二のような場合は、サス三三と異つて、熱影響部のところの炭化物をもう一度オーステナイト組織に戻す、固溶せしめる、いわゆる固溶化熱処理(固溶化の温度から水または空気などを用い、急冷を行ない、充分にオーステナイト組織を作る操作で、ステンレスの場合は耐食性が溶接によつて悪くなるからそれを元に戻す処理)を行つて耐食性をあげる必要がある。尤もサス三三の場合、熱処理をしなくてもかなり秀れた耐食性を示すとはいえ、腐食環境次第では粒界腐食等を生ずる。

(三) カネクロール四〇〇を熱媒体として利用した場合、その使用温度範囲においても熱分解を起こしてごく微量であるが装置内に塩化水素が発生し、温度が上昇するにつれて熱分解がはげしくなり、塩化水素の発生量が増大する。このことはカタログ(前記甲第五三号証)にも記載されている。そして、装置内に水が存在すると塩化水素は塩酸なるところ、塩酸が高級なステンレスに対しても強い腐食作用を及ぼすことは一般に知られているところである。

(四) 熱交換器、特に伝熱管であるステンレス蛇管の劣化、損傷は、種々の要因によつて生ずるものであり、それを予測して事故が生ずる前に発見することは非常に困難であり、一旦右蛇管に腐食孔が生ずると、直ちにカネクロール四〇〇が食用油に混入することとなる。

右(一)ないし(四)の認定事実からすれば、被告カネミは、有毒危険な物質であるカネクロールと食用油とがわずか二ないし三ミリのステンレス蛇管を隔てて共存している熱交換器中の右蛇管については、その劣化損傷が起こり、カネクロールが食用油に混入するおそれがあることを予見していたものであり、少くとも予見しえたというべきである。

4 被告カネミの注意義務

以上1ないし3で検討したところから、被告カネミは、食品製造売買業者として、消費者に安全な商品を供給するため、有毒危険な化学合成物質であるカネクロールをその食品製造工程に使用する以上、最高度の技術を用いてカネクロールが製品油に混入することのないようにその製造工程における万全の管理をなし、また、製品油のカネクロール混入の有無について十分な製品検査をなし、混入を疑わせしめる異常を発見すれば、直ちにその製品油の出荷を停止するのは勿論その操業を停止して原因の解明を徹底的に行う等して、カネクロールの混入した製品油が消費者に供給されることがないよう万全の措置をとり、以て製品油による人体被害の発生を未然に防止すべき極めて高度の注意義務を負うというべきである。

二被告カネミの注意義務違反

被告カネミには、前記のとおり食品販売業者として極めて高度の注意義務があるところ、進んで右注意義務違反の有無について以下検討する。

1 脱臭装置の不適切な変更と運転をした過失

〈証拠〉を総合すると、次の(一)ないし(三)の事実を認めうる。〈反証排斥・略〉他に右認定を左右する証拠はない。

(一) 被告カネミが技術導入した三和方式

被告カネミが三和から導入した米ぬか油の精製技術の基本設計は、三和の岩田文雄の設計によるもので、加熱炉一基、脱臭罐二基、予熱罐一基、脱臭罐二基用の真空装置と循環ポンプ、冷却罐一基、循環タンク一基の各脱臭装置からなり、先ず、油温摂氏約七〇度の脱色油を蒸気加熱により約四五分間予熱罐内で摂氏約一五〇度に上昇させ、次のこの脱色油を脱臭罐内に入れて脱臭罐に入るカネクロールバルブを全開して約五〇分で油温を摂氏約一五〇度から摂氏約二三〇度まで加温することとし、その加温に必要なカネクロールの主流温度を摂氏約二四〇度ないし二五〇度とし、その後は右バルブを閉めて、約七〇分間油温を右摂氏二三〇度に保温し、一方、脱臭罐内の油には加熱開始と同時に水蒸気を少量ずつ吹込んで油を撹拝して油温の上昇を早め、油温が摂氏約二〇〇度になると水蒸気を油中に強く吹込んで、油中の有臭成分をその水蒸気と共に真空装置により吸引して除去することになつており、右各装置の能力とカネクロールの分解温度に対する周到な配慮を払つて、各脱臭装置の設計がなされており、また、脱臭罐内における油温の右五〇分間の加熱時間と右七〇分間の恒温時間とが脱臭罐二基について交互になるように組合わされて、脱臭罐二基同時に加熱しないようなサイクルが決められ、さらに、カネクロールの主流温度の許容限界を摂氏約二六〇度とし、その最高境膜温度(最高管壁温度)を摂氏三〇〇度として設計されている。

(二) 加熱炉の構造変更とその運転

(1) 被告カネミの加熱炉は訴外三和の岩田文雄の設計によるものであつたが、被告カネミは、右加熱炉内のカネクロールパイプの管径を昭和三八年一月焼付事故の後一インチから1.2インチに変更し、さらに昭和三九年八月の焼付事故の後右管径を1.2インチから1.5インチに変更し、また被告カネミが昭和三八年春増設した二基目の加熱炉には1.5インチのカネクロールパイプを使用し、そのため、被告カネミは、加熱炉の第一輻射部(燃焼室)の容積を約三割強小さくした。

さらに、被告カネミは、予熱罐及び脱臭罐に通す蒸気を加熱するため蒸気パイプを加熱炉内の輻射部カネクロールパイプ上部に新たに配置した。

なお、三和設計の加熱炉は、第一、第二輻射部と対流部からなり、加熱自体は重油バーナーにより加熱されるが、加熱炉に入るカネクロールは、先ず対流部のパイプに入つて加熱され、次に輻射部のパイプに入つて加熱された後脱臭罐に送られるが、第一輻射部では加熱炉における全熱量の七割近くが伝熱される。

(2) 第一輻射部の容積を減少させたことと蒸気パイプを輻射部のカネクロールパイプ上部に配置したことは、共に第一輻射部の伝熱能力を低下させており、その結果カネクロールの温度をあげるために火力を強めてカネクロールの局部加熱を生じさせることにもなり、また焚口から橋壁までの距離が短縮された結果、ダンバーが全開であればバーナーの炎がずつとのびて対流部のカネクロールパイプに触れるおそれがあり、ダンバーがしまつておればそれが立ち上がつて加熱炉上部のカネクロールパイプに直接接触してカネクロールの局部加熱を招きかねないのであるが、右の変更については充分な設計計算等をして検討を加える必要があるのに被告カネミは、これらの検討を充分することなく変更している。

(3) 被告カネミは、右設計変更によリバーナーの炎が炉上部のカネクロールパイプに直接当る危険性があり、また、そのような事態が生ずればカネクロールの局部加熱を起して事故が発生することを知りながら、バーナーの炎がカネクロールパイプにあたるような運転をしていたしまた、三和の岩田によつて設定されたカネクロールの主流温度の許容限界を超えてカネクロールを加熱して運転したこともあり、カネクロール境膜温度も岩田設定の摂氏三〇〇度を超えることにもなつた。

(4) 右焼付事故や、前記第三、四、2の「被告カネミにおける脱臭装置の増設経過」の項目で記述した加熱炉の爆発事故は、被告カネミが加熱炉を無謀に運転して許容限界を超えてカネクロールを加熱させた結果である。

(三) 脱臭罐の増設とその運転

被告カネミが三和から技術導入した脱臭装置は、前記のとおり、加熱炉一基について脱臭罐二基の組合わせとして設計され、脱臭罐二基につき、加熱時間と恒温時間の交互の組合せによつて脱臭罐二基同時に加熱しないようにサイクルがとられているのに、被告カネミは、加熱炉一基で脱臭罐を三基に増設し、しかも脱臭罐三基のうち二基を同時に加熱する運転サイクルをとつた外、昭和四二年九月初めから昭和四三年一月下旬までは加熱炉一基で脱臭罐四基の運転を行つていた。

その結果、脱臭所要熱量が増大し、基本設計で考慮されている安全率を超えて加熱炉でカネクロールを加熱せざるをえなくなるのに、これらの点について充分な検討を加えることなく右増設等を行つた。

右認定の(一)ないし(三)の事実からすると、被告カネミは、カネクロールの過熱分解によつてカネクロール蛇管を腐食させないように適正な装置による加熱操作を行うべき注意義務があるのに、脱臭装置を不適切に変更して無謀な運転をしたものというべきであり、その結果長期に亘り加熱炉内のカネクロールをその境膜温度摂氏三〇〇度を超えて加熱し塩化水素を発生させていたものであり、カネクロールの使用について過失があつたという外はない。

なお、被告カネミは、その変更した脱臭装置の下でカネクロールの最高境膜温度が摂氏265.3度を超えることはないと主張する。

しかし、右主張に副う乙第二一号証及び丙第七八号証(栗脇美文作成の「熱媒体の最高温度の推算」と題する同一書面)、同第三三号証の一、二(同人の福岡地方裁判所(本庁)における証人調書)に各記載されている同人の計算は、被告カネミから与えられた実測数値を基に被告カネミの脱臭装置におけるカネクロールの最高境膜温度を計算してそれが摂氏265.3度を超えることはないとの結論をだしているが、〈証拠〉によれば、加熱炉でカネクロールを加熱する場合、輻射伝熱と対流伝熱があり、輻射伝熱における輻射熱線は光のように直進するので、炉内のカネクロールパイプの面で火焔側と火焔側にない方とでは境膜温度は当然違つてくるから、カネクロールパイプの周囲の温度分布について検討する必要があるのにこれがなされておらず、またパイプ内の境膜温度が最高になるところは、外から加熱する場合であるから、外側の熱量が最も高いところが問題となり、最高境膜温度を推算するには加熱炉の各部位の温度分布についても検討する必要があるのにこれがなされておらないことが明らかであり、右栗脇氏の計算は加熱炉内のカネクロールパイプが均一に加熱されることを前提とするものであり、同人の最高境膜温度の計算は、いわば加熱炉内のカネクロールパイプに全体としてどれだけの加熱炉伝熱量を必要とするか、そのためには主流温度と管壁温度の差の平均値がいくらあればよいかという計算に止まり、最高境膜温度の計算になつていないとうべきであるから、前掲各証拠をもつて被告カネミがカネクロールを過熱せず、その境膜温度が摂氏三〇〇度を超えるようなことはなかつたとの証拠とはなしえない、というべきである。

2 カネクロール地下タンクに水を混入させた過失

〈証拠〉を総合すると、次の(一)、(二)の事実を認めうる。〈反証排斥・略〉他に右認定を左右する証拠はない。

(一) 被告カネミは、カネクロールが加熱分解すれば塩化水素ガスが発生し、水があれば塩酸となつてステンレスパイプを腐食させることを知りえたにも拘らず、脱臭現場の床の掃除その他の際に地下タンクに直接水を入れたものである。また、カネクロール循環ポンプからカネクロールが漏れることがあり、その漏れたカネクロールは漏れ受けの装置でカネクロール地下タンクに回収していたが、その際、右ポンプの冷却水が漏れたカネクロールと共に右地下タンクに入つたこともあつた。

(二) 被告カネミの地下タンクは完全密閉型ではなく、切口があるため開放に近い構造となつている。

右(一)、(二)の認定事実からすれば、被告カネミの地下タンクは解放に近い構造となつているのであるから、地下タンクへの水の流入については充分注意すべき義務があるのに、これを怠つた過失があることは明らかであり、前記カネクロールの過熱による塩化水素を発生させたことと相俟つて塩酸が生成され、脱臭罐内のトレイ内のカネクロール蛇管を粒界腐食させることとなつたというべきである。

3 脱臭罐の保全検査を怠つた過失

〈証拠〉を総合すると、次の(一)、(二)の事実を認めうる。〈反証排斥・略〉他に右認定を覆えす証拠はない。

(一) 被告カネミは、脱臭装置を定期的に少くとも年一回非破壊検査をなすべきものであり、特にカネクロールが食用油中に混入しないように脱臭罐内のカネクロール蛇管の腐食孔の有無や、蛇管の劣化状態を検査してその状態に応じて、蛇管を取替たり適切な措置をとるべきであり、右検査のための方法としては、いずれも脱臭罐の外蓋をとつた上、蛇管についた油かすを落してパイプそのものを肉眼で見る外観検査、蛇管に加熱したカネクロールを通す空焚きテスト、蛇管に蒸気を通して行う蒸気テスト、その他内槽内に水を張つたり、あるいは蛇管の表面に石鹸水を塗つて蛇管内に空気圧をかけるテスト等がある。

六号脱臭腐食孔は、腐食が始つて貫通孔になるまで月単位ではなく何年かの時間が経過したものであるから、被告カネミが、脱臭罐内の蛇管について右のようなテストを行つておれば、蛇管の劣化を早期に発見できた可能性が充分あるのであるが、被告カネミは、右のような定期検査を全く行わなかつた。

被告カネミは、日常点検として脱臭罐の真空度が完全であるかどうかを確認していたものであるが、右真空テストのみでは装置の保全としては全く不充分である。

(二) 機械装置の修理を外部の専門業者に出した場合、その修理完了後それを受入れる際の検査は、当初の設計どおりの状態に劣化が回復したか、どうかを確認しなければならない。脱臭罐の外筒の一部に生じた故障を修理するため、内部の装置も一緒に外筒と共に修理の専門業者に出した場合、装置使用者は、内部の装置も充分検査してその安全性を確認した上、その装置を稼働させることが必要であり、このことは一般に行われているところである。

ところで、本件事故を起こした六号脱臭罐は、もと二号罐として使用されていたが、その外筒が腐食したため、昭和四二年一二月二日、その内槽と共に西村工業所に修理に出され、修理改造後同年一二月一四日三輪トラツクで被告カネミに運送され、昭和四三年一月三一日に六号脱臭罐として再使用されるようになつたが、同日の試運転の際にロス取出口付近に亀裂が生じているのが発見されたが、被告カネミは、右亀裂の修理をして簡単な真空テストを行つたのみで、そのような場合、装置使用者として当然充分に行うべき同脱臭罐の蛇管等についての検査を全く行わなかつた。

右認定の(一)、(二)の事実からすれば、被告カネミは、定期検査や修理据付後の運転開始前検査等の装置の保全検査を適切に行つて、カネクロール蛇管の劣化を早期に発見すべき注意義務を懈怠したため、六号脱臭蛇のカネクロール蛇管に腐食孔が存在してその腐食孔からカネクロールが漏出する状態にあることを見落してカネクロールを食用油に混入させ、本件事故を惹起したものであるというべきである。

4 カネクロールの適切な管理を怠つた過失

〈証拠〉を総合すると次の(一)、(二)の事実を認めうる。〈反証排斥・略〉他に右認定を左右する証拠はない。

(一) 被告カネミでは、カネクロールの適正な管理をとつていなかつた。即ち、地下タンクに検尺もなく、使用中のカネクロールを地下タンクに一週間に一度落したとき計つたこともなく、循環タンクには窓がなくてカネクロール量を把握していなかつたし、脱臭係自体がカネクロールの使用量を記録する帳簿もなく、カネクロールの地下タンクへの補給も目分量で行つていたものである。

被告カネミには、カネクロールの受入量、使用量、残量について記録されたのは精製日報のみであるが、その精製日報の記載もすべて正確なものとはいえず、例えば昭和四三年二月中のカネクロールの受入量と使用量とは単に月末にまとめてそれぞれ二五〇キログラムと記載されて、日日の記載がなされていない。

(二) 被告カネミの昭和四三年一月と二月の二ケ月間の補給量はそれぞれ二五〇キログラムの合計五〇〇キログラムであり、右二ケ月の合計五〇〇キログラムの、補給自体、二号加熱炉の運転開始、五号脱臭罐、六号脱臭罐の各運転開始、カネクロール循環ポンプからの漏れを考慮しても、異常な補給であり、そのうち、昭和四三年一月三一日から同年二月上旬の短期間にかけて、被告カネミは合計約一五〇キログラムないし二五〇キログラムの補給をなしているが、その補充量が多いことから食用油中にカネクロールが漏れたのではないかと点検をすることもなく、その減量がカネクロールの食用油への漏出にも基づくことを見落した。

被告カネミは、カネクロールを食用油に混入させてはならないのであるから、カネクロールの適切な管理をし、その異常な減量があれば、直ちに製品の出荷を停止すると共に操業を中止して原因を究明し、もつて被害の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、右認定の(一)、(二)の事実からすると、被告カネミは、右注意義務を怠つた過失があるというべきである。

5 製品の工程検査を怠つた過失

〈証拠〉を総合すると、次の(一)ないし(三)の事実を認めうる。〈反証排斥・略〉他に右認定を左右する証拠はない。

(一) 被告カネミが脱臭工程で行つていた検査は、抜取検査とサンプル検査(平均試料検査)でいずれもその検査試料は冷却タンクから脱臭油受タンクに送る途中で採取された脱臭油である。

抜取検査は、夜勤の場合を除く各脱臭作業員が交替する度に最初にできた脱臭油の分のみを試験室で検査していたにすぎない。

そして、その検査の結果、脱臭油の社内規格を下廻つて、酸価が0.1から0.08以上、ロビボンド比色計5.25インチセルで測つた色相が赤3.5、黄三五以上、発煙点二三〇度以下の場合には再脱臭することになつていたが、実際に抜取検査で行つた検査内容は殆ど酸価だけであつた。

平均資料検査は、昼勤、夜勤(夜勤者が二名のときは夜勤者が前半と後半と二つに分れた形で作業をしていたから夜勤者が交替した時点で試料を区別して)各脱臭罐毎に集められた脱臭油について、試験室で酸価、発煙点、風味等の試験をしていたものであるから、各罐毎に六時間ないし一二時間に脱臭された油が混じり合つており、その上、曇点、色相の検査については、右のようにして試験室に持込まれた各罐毎の平均資料を更に一緒に混ぜ合わせて検査していたものであり、事故を各脱臭罐毎に速かに発見する工程検査としてはおよそ不完全なものであつたし、更に、問題の時日である昭和四三年一月三一日の脱臭油及び同年二月一日昼の脱臭油については平均試料検査を行つていない。その上、六号脱臭罐の同年二月中の平均試料検査は、試験日報上同月四日の欄に記載があるのみである。

被告カネミとしては、脱臭工程その他の工程における検査や最終製品の検査を、立派な、異常のない食べられる製品を製造する目的でなしていたものであるが、カネクロール四〇〇を熱媒体として使用していた他の食用油脂製造販売業者と同様に、脱臭油及び最終製品の検査についてカネクロールの食用油への混入を点検するという視点が全く欠如していた。

(二) 未使用のカネクロールは無色の液体であるが、被告カネミで熱媒体として使用されたカネクロールは、レンガ色様になつていたのであり、本件事故製品油中には二、〇〇〇PPmないし三、〇〇〇PPmのカネクロールが検出されているから、本件事故当時の六号脱臭罐の脱臭油からはそれに数倍する濃度のカネクロールが検出された筈であり、従つて、もし被告カネミが全数の脱臭油のそれぞれについて個々別々に色相等の検査をしていれば、昭和四三年一月三一日から同年二月三日頃までの六号脱臭罐の脱臭油について顕著な異常を発見しえた筈である。現に、試験日報の昭和四三年二月三日の欄によれば、色相についての平均試料検査は、前記のとおり、各罐毎の平均資料を更に混ぜ合わせた上での色相検査であるが、昼の分で赤5.9、黄四九、夜の分で赤5.5、黄四四と既に異常に高い。

(三) 尤も、塩化ビフエニール自体の検出は、非常に困難であり、TCD付かFID付のガスクロマトグラフによる検出は非常に困難であり、正確にはECD付ガスクロマトグラフによつて検出しうるのであるが、そのような検出方法についての知見は、昭和四三年当時製油業者一般になかつた。しかし、カネクロールが有機塩素化合物であることは、被告カネミにおいて被告鐘化のカタログによつても判明していたのであるから、塩素に注目して有機塩素化合物の検出方法を用いることによつて、食用油中へのカネクロール混入の有無を確認することはできなくても少くとも疑うことはできる余地があつたものであり、特に、本件事故製品油中には、二、〇〇〇PPmないし三、〇〇〇PPmのカネクロールが検出されているから、右の方法を用いていれば、脱臭油については勿論製品油についてもその異常に気付きうる可能性があつた。

被告カネミは、脱臭油にカネクロールが混入する可能性があるのであるから、その製造する食品の安全性を確保するため、食品製造業者として右混入の有無を適切に検査すべき注意義務があるところ、右認定の(一)ないし(三)の事実からすれば、右義務を怠つて本件事故油の異常に気付かずこれを製品として出荷させた過失があるというべきである。

第五  被告加藤の責任

原告らは、被告加藤に民法第七一五条第二項のいわゆる代理監督者責任がある旨主張する。

ところで、代理監督者責任は、ある事業で働く被用者がその事業の執行について第三者に損害を加えたとき、その使用者とは別に事実上使用者に代つて被用者の選任、監督をなす者に対しても認められる責任であつて、その責任を負う前提として、同条第三項の規定からも窺われるように、被用者の加害行為が不法行為の一般的要件を充足する場合に限ると解すべきである。

従つて被告加藤の代理監督者責任が認められるためには、原告らにおいて先ず被告カネミの被用者の特定の不法行為について、その主張立証を要するところこれまで検討したとおり、本件カネミ油症事故は、後に検討する被告鐘化の責任を別とすれば、有機的組織体である被告カネミそのものの直接の不法行為に起因するというべきであり、また、原告らは、被告カネミを不法行為者として主張立証する以外に、本件カネミ油症事故が被告カネミの被用者の特定の不法行為に起因するとの点について主張立証を尽していないばかりか、カネミ油症事件が個々の従業員の不法行為に起因するものでない(原告ら最終〈第一〇回〉準備書面第三分冊一三頁)とするのであるから、被告加藤の代理監督者責任の有無を検討する余地はないものというべきである。換言すれば、本件カネミ油症事故につき、被告カネミが、民法七一五条第一項によるのではなく、同法第七〇九条による責任を負うにとどまるというべきである以上、その余の点について判断するまでもなく、被告加藤は、原告らに対し、代理監督者責任を負う謂れはないという外はない。

第六  力ネミ油症と被告鐘化の行為との因果関係

前記のとおり、カネミ油症事件は、被告カネミが米ぬか油製造の脱臭工程の熱媒体として使用していたカネグロール四〇〇が米ぬか油に混入し、それを食用した原告らがカネミ油症被害を受けたものであるが、右カネクロールは、昭和二九年から本件油症事件発生に至るまで被告鐘化が我国でその製造販売を独占していたものである。

被告鐘化は、後記のとおり、カネクロールを食用工業用の熱媒体として販売するに際し、その毒性や腐食性並びにその取扱方法につき調査義務を尽してえた結果を需要者に充分告知すべき注意義務があるのに、これを尽さなかつたばかりか、むしろ、カネクロールには多少の毒性があるが実用上問題がなく、また装置を腐食する必配もなく、安全に利用できる旨を宣伝強調したため、被告カネミがカネクロールを杜撰に取扱い、その結果、前記のとおり、脱臭罐内のカネクロール蛇管の腐食孔からカネクロールが米ぬか油に混入し、カネクロール入り米ぬか油が出荷販売されて本件かネミ油症被害が発生したものであり、また、〈証拠〉を総合すると、被告カネミを含めて日本の食用油脂工業界は、本件油症事件が発生するまで、被告鐘化の宣伝どおりカネクロール四〇〇を安全な熱媒体として信頼し、それが食用油に混入すれば危険であるという認識もその対応もないまま一般的に利用してきた事実を認めうるから、被告鐘化がカネクロール四〇〇を食品工業用の熱媒体として販売したことと本件油症事件発生との間には相当因果関係があることは明白である。

第七  被告鐘化の責任

一、被告鐘化のカネクロール製造販売企業としての注意義務

1 合成化学物質製造販売企業の安全確保義務

地球上のある資源に、日進月歩に研究開発される化学技術を応用して化学反応を起させ、人間の生活に必要ないろいろな新しい合成化学物質が化学企業によつて製造され、他に販売されて多くの面で利用されているが合成化学物質は、本来人体に異質のものであるから、時として多数の人の生命、身体に計り知れない有害な作用を及ぼす危険性を持つ。一方、その新しい合成化学物質の需要者たる他の工業者は、通常、その物質について高度の技術専門家でないから、自らの調査研究によりその物質の性質、危険性を的確に知ることが困難であり、高度の技術専門家であるその製造業者が発行するカタログ等を通じてその記載の範囲内で専らこれを知りうるのみである。

従つて、化学企業が合成化学物質を研究開発し、これを製造販売する場合には、そのような危険性を持つ物質を商品として販売することにより利潤をうる化学企業において、可能なあらゆる手段を尽して、その物質の安全性、裏返せばその危険性並びにその用途に応じた安全な取扱方法を、予め充分に調査研究し、その結果を需要者に全面的に周知徹底させる等の措置をとつて、合成化学物質の利用により危険が発現しないよう安全を確保すべき高度の注意義務があるというべきである。蓋し、ある合成化学物質が、それを研究開発して製造販売する化学企業により、その危険性の強弱等の内容、用途に応じた安全な取扱方法を知らされないまま、需要者によつて利用されれば、人の生命健康に対する侵害を発生させる事態となることは避けられず、そのような結果が許されないことは当然だからである。

2 被告鐘化のカネクロールの危険性についての認識

前記のとおり、被告鐘化は、合成化学物質である、塩化ビフエニールの企業的規模による製造を、我国で初めて研究開発し、昭和二九年から本件油症事件発生に至るまでカネクロールの商品名でその製造販売を独占してきたものであるところ、塩化ビフエニールはその慢性毒性、蓄積毒性がかなり強く、人体に有害作用を有する危険な物質であるが、被告鐘化がカネクロールを製造販売して流通に置くに際し、その危険性をどのように認識し、もしくは認識しえたかを以下検討する、

〈証拠〉を総合すると、次の(一)ないし(三)の事実を認めうる。〈反証排斥・略〉他に右認定を左右する証拠はない。

(一)(1) 一九三六年春、アメリカのハローワックス社で、塩化ナフタリン類及びジフエニールを使用している作業員に黄疸による三例の死亡率が発生したことに注意を喚起されたドリシカー博士らのグループは、クロールナフタリン等の芳香族有機塩素化合物の毒性研究を始め、ラツトを使つてその吸入実験と給餌実験を重ね、一九三七年「THE JOURNAL OF INDUSTRIAL HYGIENE AND TOXICOLOGY」誌上に論文を発表した。ドリンカー博士らは、その論文で塩素含量六五%の塩化ジフエニールを一日量0.5グラムラツトに経口投与した場合、九日目に一例死亡した外、一ケ月内に四例死亡したと報告し、これらに肝障害を認め、また、ラツトを用いて一日一六時間ずつ一立方メートル当り平均0.5七ミリグラム(0.23〜1.19ミリグラム)の気中濃度の環境下で被曝実験を六週間行つて、動物に軽度の肝障害を認め、実験中止後、さらに二ケ月余も進展すると述べている。そして、ドリンカー博士は、吸入実験の要約として、「試験された種々の化合物の毒性を格ずけすることは容易でないが、塩化ジフエニールは、非常に低濃度で確実に害を与える能力があるし、多分もつとも危険であるようだ。これらの実験と産業上の経験とを結びつけて考えるとき、作業員が急性黄色萎縮になるほど充分には、これらの物質を吸入していないようである。しかし、それらは急性黄色萎縮に発展する肝障害の基礎をもたらすであろう。」とし、また、給餌実験の要約として、「五及び六塩化ナフタリンに対する塩化ジフエニレルの添加は毒性を増加させた。塩化ジフエニール単独で肝障害を生じたが、使用された用量では、高度に塩素化されたナフタリンを混合したときよりも効果は少なかつた。どの場合でも使用された化合物は急性黄色萎縮を生みださなかつたが、観察された肝障害は、適当な時間内に作用しうるような投与量が発見されるならば、急性黄色萎縮を発生させる可能性もあるだろうことを示唆している。」とし、結論的に「これ等の実験により、塩化ナフタリン類や塩化ジフエニールが全身性作用を有するという可能性に関しては疑が残らない。皮膚に対する作用の場合と同じく、塩素化の度合が全身性の毒性を決定するように思われる。」とした上で、右のような化合物を使用する作業環境について提言をしている。

そして右論文中のドリンカー博士らの報告に続く討論の部分では、産業界で有毒物質あるいは危険物質を安全に使用できるし、ハローワックス蒸気に曝露されて瘡を生じても治療により正常の皮膚に戻るし、モンサント社では塩化ジフエニール単独物から何らの全身的被毒の事例は報告されなかつたといつた発言者の意見もあるが、一方、産業毒物学研究所長のOettingen博士は、「私は個人的には、もし正しくさえ取扱うならば、安全に使用できないような有毒物質は一つもないことを確信している。種々の作業においてそのような物質を正しく取扱うためには、そのものの毒性及びそれが毒性を示すメカニズムを熟知していることが絶対に必要である。そのすべての生理学的特性において人間に全く符合する実験動物はないのであるから、このような化合物類について研究するとき実験動物としては異なる種に属するものも種々採用し考えられる危険性の一つの横断面図を求めて、見ることが重要である。加えて、この事実は、そのような作業の労務者の雇用前の状況及び定期的に検診することの重要性を示している。ドリンカー博士によつて指摘されたように、有毒性物質に対して他の人々よりは明らかに特別に敏感な人達がいる。他方、吾々は、損傷がより大きくならないうちにこれを防ぎとめるために、有毒である発端の兆候が最初に現れたときにそれを検出することにつとめなければならない。」と述べ、また、ゼネラルエレトリツク社のヨーク電線工場の支配人F. R. Kaimer氏は「もしJones博士が吾々が本会合に参加する以前に申されたように人体についての基本的研究がなされ、肝臓異常の少しの発端でも診断できるような何らかの方法が確立されるなら、工場にたずさわる吾々のすべてにとつて大きな福音となることは疑いない。」と要望し、さらに、ハローワツクス社の皮膚病医John. A. Hookey博士は、「たとえ空気中のこれらの物質の蒸気濃度が本日午前推奨されたように低く継持されるなら被毒の影響の現れる機会は極めて小さいと感じられるとしても、なお、上述した事項(作業志願者の医学的予備検査に当つて、履歴調査は少くとも肝臓疾患の既往歴について特に綿密に行われるべきであるということは。)実行すべきである」。と意見を述べている。右のとおり、ドリンカー博士の研究報告は、当時の人々によつてPCBを含む芳香族有機塩素化合物は危険な物質であることは明らかにしたものであり、それを取扱う場合には、その毒性及び毒性を示すメカニズムを熟知していることが絶対に必要であり、有毒である発端の兆候が現れたときにそれを検出することに努めなければならないことを示唆するものとして受けとめられた。

尤もドリンカー博士は、一九三九年に右誌上に更に論文を発表し、同論文で、先の一九三七年の論文で塩化ジフエニールとして掲載されたものは、塩化ジフエニールと塩化ジフエニールベンゼンの混合物であることが判明し、本当の塩化ジフエニールは、その後の研究により殆ど無毒であつたとしている。

(2) しかし、一九四四年、J.W.Millerは、「U.S. PUBLIC HEALTH REPORTS」で市販の塩化ジフエニールに被曝された動物における病理学的変化について報告し、その経口毒性実験により、四二%の塩素を含んだジフエニールをそれぞれ六九ミリグラムづつモルモツトに二回、別々の一週間に食わしたところ、一一〜二九日経過して死亡が起り、肝は変態と中心性萎縮を示したことを明らかにし、また皮膚応用テストにより、稀釈されていない塩化ジフエニール34.5ミリグラムを一一日間モルモツトに皮膚応用したところ、モルモツトは応用後二一日までの間にいろいろな期間に死に、肝の組織病理学的試験で脂肪変性と中心性萎縮があることを明らかにしているし、また、エール大学医学部のJ. Wister Meigs教授らのグループは、化学工場で熱媒体として用いたアロクロールの蒸気に五〜一九ケ月被曝した化学労働者の一四例中、七例に塩素瘡が発生した旨報告し、塩化ジフエニール(アロクロール)の低濃度の蒸気の断続的だが可成り長期の被曝は塩素瘡を発生させることを明らかにしている。

なお、塩化ジフエニールの産業衛生上の気中許容濃度は、一九四五年以来、アメリカでは塩素量四二%に対しては一立方メートル当り1.0ミリグラム、塩素量五四%に対しては一立方メートル当り0.5ミリグラムが採られ、一九五九年四月、American Conference of Go-vernmental Industrial Hygienists(アメリカ官設産業衛生学者委員会)も右値を決定しているが、右メイグ博士らの報告した事例は、化学労働者の被曝濃度が右許容濃度より低い一立方メートル当り0.1ミリグラムであつたとされている。

(3) そして、右のような研究成果に基づいて、一九五七年発行の「IND-USTRIAL TOXICOLOGY」の「塩化ジフエニールと塩化ナフタリン類」の項には前記ドリンカー博士の一九三七年の論文、メエイグ教授らの論文や後記野村茂博士らの論文も引用されているが、右項目には、「これらの塩素化化合物による全身性中毒は、通常乾燥した炭化水素ワツクスの扱いよりもむしろその蒸気の吸入によつて起る。障害は重篤であり、時として死に到る。肝臓の急性黄色萎縮症は、塩化ナフタリン類や塩化ジフエニールに対する強烈な被曝と関係がある。一九三六年から一九三七年の間に三例の死亡例が報告されている。一九三九年にはさらに三例がグリーンバーグ、メーヤーズ及びスミスによつて追加され、さらに一例が一九四三年にコーリアによつて報告された。瘡はこの化合物を取扱う労働者における警告の徴候と受けとめられるであろうが、それは常に必ず存在するとはかぎらず、この徴候を欠いても全身性中毒は起りうるだろう。」と記載されている。

さらに、「INDUSTRIAL HYGIENE AND TOXICOLOGY」の「塩化ジフエニール」の項には、ドリンカー博士の一九三七年の論文を引用して「これらの著者は、塩化ジフエニール類と塩化ナフタリン類の毒性の差を決めることは困難であるが、塩化ジフエニールは非常に低濃度で確実に障害を起すことが出来、おそらく塩化ナフタリン類よりも一層危険であるということを結論した。」とし、また、四二%と54.3%の塩素を含む二種の塩化ジフエニール混合物の蒸気の被曝実験を報告したシンシナチ大学のJ.F.Treonらの一九五六年の論文を引用して、「これは、ドリンカーの報告と程よく一致している。しかし、ドリンカーは六五%の塩素を含む塩化ジフエニールを使用していたので、わずかに毒性が強かつた。」と記載されている。

(二)(1) 我国では、労働科学研究所の研究員野村茂博士は、昭和二三年より「クロルナフタリンの中毒の本態とその防遏に関する研究」をなし、職業性皮膚障害としてのペルナ病(塩素瘡)の原因物質であるクロルナフタリン(PCN)の皮膚障害のみでなく、他の実質臓器をも犯すその吸収障害等についても報告し、多数のペルナ病中毒患者に悩んだPCNに替えるべきものとして、PCB、パラトリルキシリスルホンについても毒性試験を行ない、その成果を昭和二四年九月から昭和二八年三月にかけ「労働科学」誌上に発表した。

野村氏は、PGN、PCB、パラトリルキシリルスルホンを液状のアルフアモノクロルナフタリンに溶かして、ラツトの皮膚に五七日間連日塗布し、七八日間観察する実験を行つた。その結果、体重増加は、対照ラツトが49.2%、PCN塗布群が18.8%増に対して、PCB塗布群は32.3%減と顕著な差を示し、しかもPCB群では八日から二二日の間に全部死亡し、平均生存日数は16.6日であつた。そして、病理解剖学的観察学的観察によればPCB群では肝臓の肥大が認められ、また、病理組織学的観察によれば、特にPCB群では明らかに中心性脂肪変性像があり、壊死の出現する例も認めたとし、同氏は、結論として、「塩化ジフエニールによつて皮膚局所に炎症を来し、上皮は増殖の傾向を示す。」「塩化ジフエニールは吸収されて、肺、腎、肝及び副腎に一定の変化をきたす。」「塩化ジフエニールを試験的に使用した工場では、毒性を否定する向きもあるが、これは皮膚障害のみを目標としていたためではないかと思う。長期間本物質を取扱うことについては今後細心の注意が必要である。」とした。

次に野村氏は、化成品工業協会発行の昭和二八年二月一二日付「化成品工業に於ける皮膚炎一覧表」と題するパンフレツトの中で、クロルナフタリン、クロルジフエニール、クロルジフエニールオキシドを並列して、

その皮膚症状について、

「就業後一〜三ケ月より、顔・前膊、特に耳だ・身体露出部に、毛孔部に一致する「にきび」様の発疹を生じ、その隆起の頂点が黒ずんでみえる。これが次第に大きく、且つ多数集つて発生し、丸く腫脹したり、粉瘤をつくつたりして、皮膚面は醜くなり、そのうちに感染をおこして化膿をしたりするものもできる。又、眼のふちや顔などが黒ずんでくることも屡々ある。痛みや痒みは左程はげしくない。これを適当に手当すれば治るが、皮膚は醜く脂気がなく、かさかさして色つやが悪くなり、屡々瘢痕をのこす。経過は可成長く、頑固に症状は繰りかえす。特に感受性の高いものでは急性の「うるしかぶれ」のような皮膚炎を来す者もある。又、このような皮膚障害と別に胃腸障害や頭痛、倦怠感の全身症状を来す場合もある。「かぶれ」は季節的には夏期に悪化しやすく、年令的には青少年のみならず老年にもでき、男女共に発生するが、女子は感受性が高いので急性型でくるものに注意を要する。発病の個人差は大で、感受性により異なる。」

また、その他の有害作用として、

「加熱蒸気により呼吸器、結膜の刺戟症状を来すことがある。特に注意すべきは長期の曝露で肝の黄色萎縮症、黄疸を来すことがある。これはクロルジフェニールに激しい。」

さらに、生体作用機転として、

「このものの粘着性により皮膚に附着し、油溶性によつて毛膿皮脂腺を選択的に犯し、瘡病変を来す。尚、色素沈着、光過敏性は光化学的活性による。かかる作用は、塩素置換量の多い程強いが、モノクロールナフタリンは刺戟性が高い。」

とそれぞれ記載している。

また、野村氏は、昭和二八年には、文部省の刊行助成費の交付を受けて、久保田重孝氏との共著で「日本の職業性皮膚障害」を出版し、その中で右「化成品工業に於ける皮膚炎一覧表」におけると同じ記載をしている。

(2) 野村氏の研究を引継いで、労働学研究所の本内正雄氏は、その研究を続け、その成果を、昭和三〇年三月二二日及び二三日の両日開催された化成品工業協会の第三一回工場衛生小委員会で発表した。

本内氏は、その発表の中で、二塩化、五塩化、八塩化の三種類の塩化ジフエニールを用い、これを一〇%の牛脂に混じてラツトの皮膚に塗布した実験結果に基づいて、塩化ジフエニールは、その毒性がかなり高いとすると共に、クロルナフタリンと比べてより向肝臓性があり、より吸収され易いとし、更に今後、皮膚、肝臓のみならず腎臓、肝臓の変化についても注目していく必要があるとしている。

更に、労働科学研究所の久保田重孝、本内正雄の両氏は、右知見に基づいて、昭和三〇年頃、関東のコンデンサー工場の三工場と関西のコンデンサー工場の二工場と被告鐘化高砂工場の従業員の検診を行い、その結果、その従業員の大部分が、自覚症状を訴え、血液や肝機能の検査にも一定の異常が発見された。

右両氏は、右検診の結果を総括して、「数名の人を除いては検査諸項目とも正常値をひどくかけ離れた数値を示した者はいないし、従業員個々人も時間の経過と共に、次第に悪化するという傾向も認められなかつたから、全般的に観察すれば、いまの状態では従業員に対して、ひどい塩化ヂフエニールの障碍があるとは思われないが、……毎月検診し、数回の検診成績が何れもこの異常限界を下廻るようなら、要注意者と決め、より精密な検査をなし、他の疾患を除外して、真に塩化ヂフエニールの影響であることが確かとなれば、職場転換し、薬剤を投与して塩化ヂフエニールの障碍を未然に予防するようにしたい。」と継続的な検診と障碍の予防の重要性を強調している。

(3) その外、京大医学部の松田武一氏は、昭和三四年、「塩化ジフエニールの脂質代謝に及ぼす影響に関する実験的研究」と題する研究発表をし、その中で、塩化ジフエニールは高脂血症をもたらし、中性脂肪、コレステロール及び燐脂質ともに増加するが、特に中性脂肪の増加が顕著であり、塩化ジフエニールによる肝肥大は軽度であると経過を追つて正常に復する傾向があるが、障碍が重篤であると肥大は持続し、また、塩化ジフエニールによる肝実質の変性は病理組織学的には、様、水腫様ないし硝子様変性に震で進行する危険性を明らかにしている。

(4) 被告鐘化は、右野村氏及び本内氏の研究報告を熟知していた外、アメリカにおける塩化ジフエニールの産業衛生上の気中濃度についてもこれを知つていたものである。

(三) 塩化ビフエニールがその性質上、非水溶性で油やアルコール、エーテル等有機溶媒に可溶性を有する外、化学的に安定で難分解性を有することは被告鐘化において、その開発企業化当初の頃より知つていたものである。

右認定の(一)ないし(三)の事実からすれば、被告鏡化は塩化ビフエニールが若干の毒性を有するに止まらず、場合によつては人を死に至らしめる程の強い毒性を有し、それが僅かでも人体内に入れば、その非水溶性、油溶性とにより人体の脂肪に蓄積して慢性毒性作用を及ぼし続ける危険性のあることをカネクロールの開発企業化当初の頃より知つていたものというべきである。また仮に被告鐘化において、カネクロールのもつ右のような危険性を知らなかつたとしても、調査義務を尽して、当時、その危険性を予め充分に調査研究すれば、容易にこれを知りえたことも明らかであるというべきである。

なお、被告鐘化は、製造研究当時に当時の代表的文献であるドリンカー博士の文献を読み、これを信頼し、一九三七年のドリンカー報告により塩化ビフエニールの毒性は低毒性であると認識し、さらに一九三九年のドリンカー報告により殆ど無毒と修正されたのであるから、同被告においてカネクロールが若干の毒性を有するにすぎないとの知見を持つに至つたことは尤もであると主張するが如くであるけれども、前記のとおり、一九三七年のドリンカー報告は塩化ビフエニールが非常に低濃度で確実に害を与える能力がある危険な物質であることを明らかにしたと評価すべきであり、また、塩化ビフエニールにはかなり強い毒性があり、その取扱いには細心の注意を促した野村氏や本内氏の研究報告を熟知していた同被告が右のような知見を持つに至つたとは到底理解し難いところである。

成程、一九三九年のドリンカー報告は、塩化ビフエニールが殆ど無毒であるとしており、また、〈証拠〉によれば、アメリカのトリオン博士らは、モンサント社の後援によつてアロクロール一二四二と一二五四の蒸気暴露実験を動物についてした結果、アロクロール一二四二の断続的な長期の蒸気暴露によつて動物に何の害も現れなかつたし、アロクロール一二五四の長期の蒸気暴露によつて内臓に可逆的な悪化的な変化が生じたとしているが、被告鐘化が右報告を信頼して右のような知見を持つに至つたとすれば、右報告とは相反する数々の研究文献があるのは前記のとおりであり、カネクロールを開発企業化した同被告としては、その注意義務からすれば、当然一九三九年のドリンカー報告や右トリオン論文がいうその毒性の程度に疑問を持ち、右数々の文献を調査研究するのは勿論、独自に動物実験を行つてその毒性の程度や生体に対する有害作用の機序を知るべきであつたが、〈証拠〉によれば、同被告が終始動物実験等を実施せず右義務を尽さなかつたことは明らかである。

因に、トリオン論文については、前記のとおり「一九三七年のドリンカー報告と程よく一致している。」と評価されていることにも注目すべきである。

3 食品工業の熱媒体用としてカネクロールを販売するに際しての被告鐘化の具体的注意義務

(一) 前記のとおり、熱交換器は、種々の要因によつて劣化、損傷を生ずることは避けられず、持にカネクロールを熱媒体として使用する場合、カネクロールの加熱分解により塩化水素が発生し、加熱装置内に水分が存在すると、発生した塩化水素は塩酸となつて、熱交換器に対して強い腐食作用を及ぼす。特に、被告カネミにおけるように食用油脂工業でカネクロールを熱媒として用いる場合、カネクロールと食用油とがわずか二ないし三ミリの蛇管を隔てて共存しており、蛇管の材質として高級なステンレスが用いられていても、ステンレス蛇管は、管内に塩酸があればそれによつて腐食孔が生じ、直ちにカネクロールが食用油に混入することとなる。しかも、熱交換器の劣化損傷を予測して事故前にこれを発見することも、食品中のカネクロール混入の有無を確認することもいずれも必ずしも容易ではない。

(二) 食品は、人がその生命、健康を維持するために人によつて摂取されるものであるから、食品が絶対に安全なものでなくてはならないことは至上命令である。

また、カネクロールが食品工業において熱媒体として使用される場合、右に述べたように食品工業以外の工業で副資材等として用いられる場合と異なつて、熱交換器の劣化、損傷によつてカネクロールが直接食品に混入しそのまま人によつて摂取される危険性のあることは誰しも容易に予見しうるところである。

従つて、被告鐘化は、同被告において新しく開発したカネクロールの毒性がかなり強いことも知つていたのであるから、食品工業の熱媒体用としてカネクロールを食品製造販売業者に販売し利用に供することは本来避けるのが望ましかつたのであり、少くとも販売する以上、新しい合成化学物質の製造販売企業としての被告鐘化の注意義務は更に高度のものとなり、食品製造販売業者に対し、食品の安全確保のため、カネクロールを絶対に食品に混入せしめないように、予め調査義務を尽してえた結果に基づいて、カネクロールの毒性や金属に対する腐食性といつたカネクロールの持つ危険性、カネクロールの食品への混入防止方法や混入した場合の発見方法といつた危険除去のための適切な手段方法を周知せしめるべき高度の注意義務を負うものというべきである。

二被告鐘化の注意義務違反

前記のとおり、カネクロールを開発企業化した被告鐘化は、食品製造販売業者にカネクロールを販売するに際して前記高度の安全確保義務を負うというべきところ、右注意義務違反の有無について以下検討する。

1 カネクロールの需要者たる食品製造販売業者に その毒性を完全に周知させなかつた過失

(一) 〈証拠〉によれば、次の(1)、(2)の事実を認めうる。〈反証排斥・略〉他に右認定を左右する証拠はない。

(1) 被告鐘化は独自に塩化ビフエニールによる動物実験を実施したことは一度もないが、前記のとおり、労働科学研究所の野村茂氏や本内正雄氏の行つた塩化ビフエニールの毒性研究等を通じて、塩化ビフエニールが、激しい肝障害作用を有し、腎臓や脾臓に対してもある変化をもたらす、かなり毒性の強いものであることを知つていながら、被告鐘化は、カネクロールの毒性の強さについて全くこれを秘匿した。

即ち、被告鐘化は、カネクロールの開発企業化後、三年を経て初めて作成した一般用のカタログ(甲第一九二号証)や熱媒体のカタログ(甲第五七号証)には、カネクロールの売込みのためその利点のみを強調して、カネクロールの毒性について何等の記載もしていない。

被告鐘化は、その後熱媒用カタログをいくつか発行し、その中で、カネクロールの利点を詳細に宣伝しているが、カネクロールの毒性について「取扱の安全」という項目でわずかに言及しているにすぎない。

例えば、あるカタログ(甲第五三号証)には、

「カネクロールは不活性、非反応性の液体でありますが、芳香族の塩化物である為、若干の毒性はありますが、実用上殆ど問題にならず、この点他の有機熱媒体と大凡似て居ります。しかしながら皮膚に液が附着した場合には石鹸洗剤等で洗えば宜しいが、若し附着した液がとれ難い場合には鉱油、植物油の如き油で先づ洗い、その後石鹸洗剤等にて洗えば完全におちます。

若し熱いカネクロール液で火傷をした場合には普通の油に依る火傷の手当で充分であり、火傷部に附着したカネクロールはその儘でも宜しいが、取除く必要があれば石鹸洗剤等と水又は植物油で繰返し洗滌すれば結構です。

装置の欠陥に依りカネクロールの大量の蒸気に長時間曝されることは有害でありますから速かに処置する必要があります。最大安全許容量は2.0mg/m3でありますが、実際にはこの程度になると匂いが強くて作業は出来ません」と記載されており、

また、あるカタログ(甲第四七号証)には、

「カネクロールは芳香族ヂフエニールの塩素化合物でありますので、若干の毒性を持つていますが、実用上ほとんど問題になりません。しかし、下記の点に注意していただく必要があります。

(イ) 皮膚に附着した時は石鹸にて洗えば完全におちます。

(ロ) 熱いカネクロールに触れ、火傷した時は普通の火傷の手当で結構です。

(ハ) カネクロールの大量の蒸気に長時間曝され、吸気することは有害です。

カネクロールの熱媒装置は普通密閉型で、従業員がカネクロールの蒸気に触れる機会はほとんどなく、全く安心であります。もし匂いがする時は、装置の欠陥を早急に補修することが必要であります。」と記載されており、

あるカタログ(甲第四六号証)の記載は、右のカタログ(甲第四七号証)の記載中の(1)の部分が「皮膚に附着した時は石鹸洗剤で洗つて下さい。もし附着した液がとれ難い時は鉱油か植物油で洗い、その後石鹸にて洗えば完全におちます。」と異つて記載されている外は同文である。

なお、本件カネミ油症事件後に作成されたあるカタログ(甲第五一号証)では、「尚、食品添加物ではありませんので、食する事は避けねばなりません。」との記載がみられる。

(2) 被告鐘化は、昭和三二年からカネクロールの需要の増加を計るため、高圧コンデンサー用への進出を急ぐと共に熱媒体用としての用途も開拓して、需要者に対し積極的な宣伝を行い、昭和四五年には、前記第11表のとおり、熱媒体用が18.5%を占めるに至つたものである。

右認定事実によれば、被告鐘化は、その一部の熱媒用カタログにおいてカネクロールの毒性について言及しているものの、カネクロールの毒性がかなり強いものであることを知りながらこれを秘匿し、その毒性は若干の程度で実用上殆ど問題にならないと記載して、むしろカネクロールの需要者にその毒性につき安心感を与えかねない誤つた記載をしてカネクロールを熱媒体用として宣伝販売したというべきであり、また、被告鐘化が指摘する注意義務すべき三点にしても、単に作業及びその境環上の不充分な注意に止まり、カネクロールを食品工業用の熱媒体として用いる場合の特段の危険性について、これを注意したものでは全然ない。因に被告鐘化は前記のとおり塩化ビフエニールの産業衛生上の気中許容濃度が、一九四五年以来、アメリカでは塩素量四二%に対しては1.0mg/m3、塩素量五四%に対しては0.5mg/m2が採用されていることを知りながら、右カタログ(甲第五三号証)では、「最大安全許容量は、2.0mg/m3であります。」としている。

(二) 〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

被告鐘化が、カネクロールを食品工業の熱媒体として宣伝販売するに際し、前記のとおりカネクロールの強い毒性を秘匿しカネクロールを食品工業の熱媒体として使用する場合の危険性を明らかにしなかつたため、被告カネミを初め、同被告の脱臭装置を設計、製作した三和油脂等の食用油脂工業者は、カネクロールの毒性について的確な知見を有しないばかりか、むしろ被告鐘化が、そのカタログにおいてカネクロールの安全性を強調しているため、訴外三和を初め食用油脂工業者は、次に概略みるとおりカネクロールを慎重に取扱うどころか、安易に取扱つていた。

(1) 三和油脂の天童工場長であつた花輪久夫は、カネクロールが安全なものであると考えていたものであり、もし有害であることを知っていたならば、当然その点の注意を作業標準の中に明記して注意を促していた筈であるが、カネクロールの毒性の認識が不充分であつたため、天童工場のカネクロールを取扱う従業員に対しても、手袋、マスクの着用といつた特段の注意をしたことはなかつた。

同じく三和油脂の技術部長岩田文男は、被告鐘化から営業関係者や技術屋がカタログ持参で三回ほどカネクロールの売込みに来てカネクロールの説明をした際に、その毒性について質問したところ、被告鐘化において動物実験を行つた結果、全然支障がないと聞いてカネクロールの安全性に自信を持つたのであり、カタログの記載に若干の毒性があるけれども実用上問題にならないとあるのは、経口摂取を除いた上での毒性ではなく、全般的、一般的な毒性の有無を問題にして書かれたものと解釈し、また、カネクロールが他の食品工業に使用されているデータを示されたので後段に重きを置いてカネクロールは実用上差支えないとの解釈をとつたものであり、カネクロールの毒性は、若干の毒性はあるが人畜無害とされる殺虫剤の毒性より弱いものと考えていたものであり、右岩田は、被告鐘化のカタログや説明によつてカネクロールが特に危険なものとは考えなかつたからこそ、自己の開発した脱臭装置に熱媒体としてカネクロールを採用したものである。

三和油脂の社長であり、日本米油工業会会長をも兼ねていた坂倉信雄は、本件カネミ油症事件が発生し、その原因物質がカネクロールであると判明した後、被告鐘化東京支社に赴き、カネクロールの毒性等の内容について説明を求めたものであるが、本件油症事件が発生するまでカネクロールの毒性を的確に知らず、また、日本米油工業会の会合でもカネクロールの毒性及び取扱の注意等について話が出たこともなく、カネクロールが人体に殆ど無害であると信じていたので、カネクロールを熱媒体として採用したものである。

(2) 熱媒体としてカネクロールを使用していた全国農村工業農業協同組合連合会の平塚工場の米糠油脱臭工程を担当していた高梨三男は、本件カネミ油症事件発生に至るまでカネクロールが有害とも無害とも思わず、その点の関心がなかつたし、カネクロールを慎重に取扱うよう指示を受けたこともなく、カネクロールを補充するのに使用していた石油罐を作業衣等の洗濯用に使用したこともあつた。

(3) 日本精米製油株式会社に昭和三五年四月より昭和四六年六月まで勤務したことがある内藤実は、カネクロールを素手でさわつてはいけないとか、そのガスを吸つてはいけないといつたカネクロールの取扱いについての注意義務を受けたこともなく、人体に有害であるとはちつとも知らなかつたので、カネクロールが別に手についても気にとめたこともなく、素手で扱つたこともあり、手にカネクロールがついたときはぼろぎれで拭いたり、石鹸で洗う程度であつた。

カネクロールの廃棄処分についても、同人は、指示を受けたこともなく、手をふいたぼろぎれもごみ捨場に捨てていた。

(4) 熱媒体であるカネクロールの毒性について、食用油指工業者の間で、特段問題とされたことはなく、同工業者間では中規模以下の工業者が、カネクロールのもつ不燃性の長所から工場の安全性を考えて熱媒体にカネクロールを採用することが多かつたが、本件カネミ油症事件発生に至るまで、カネクロールのもつ有毒性を殆ど理解していなかつた。

(三) 被告鐘化は、塩化ビフエニールが本件カネミ油症事件発生に至るまでは一般に低毒性と評価されていたものであり、その慢性毒性、蓄積毒性については知られなかつたし、ただ職業病的観点から若干の毒性があつたことが知られていたのみであつたとし、その意味の毒性についてはこれをカタログに記載したものであり、また職業病的観点から若干の毒性があればカネクロールを経口摂取することが人体に有害であることは容易に理解しうることでもあり、さらにカネクロール四〇〇が食品添加物ではなく、熱媒体として使用される有機塩素化合物であることはカタログに記載してあり、従つてカネクロール四〇〇を食品に混入してはならないことは当然であり、かつ混入すべき機序にもなつていないのであるから、あえてカネクロールを食品に混入すべきでない旨を記載するまでもないし、カタログの毒性の記載は、当時の一般的知見からして相当の記載であると主張する。

なる程、カネクロール四〇〇が食品添加物ではなく、有機塩素化合物の熱媒体であり、また職業病的観点から若干の毒性のあることもカタログに記載されているのであるから、これを食品に混入させてはならないことは一般に理解できないわけではない。しかし塩化ビフエニールの毒性については前記のとおり本件カネミ油症事件のはるか前から一部の学者等によりかなり強いものと認識され、事実そのとおり強いものであり、被告鐘化においても前記毒性の認識を有していたのであり、一方、カネクロール四〇〇を熱媒体として使用する食品製造販売業者においては、前記のとおりその毒性、危険性の程度を全く知らず、被告カネミの如き中小企業の食品製造販売業者の側でその毒性を調査するにしても限界があり、専ら被告鐘化の提供する情報に頼らざるをえない実情であるから、カネクロール四〇〇を食品製造販売業者に販売するに際して、その毒性の強さ、内容等についてこれを周知せしめ、これをわずか伝熱パイプまたは伝熱板一枚を間に接する食品に微量でも混入させることがあれば重大な人体被害を生じさせる危険性があるので、その取扱いには厳重にして細心な注意をすべき旨を警告すべきであつた。蓋し、食品製造販売業者が、先ず鐘化によつて、カネクロールの毒性の強さ等の危険性の程度について、的確な情報を提供されたか否かによつて、カネクロールを食品同混入しないようにする実際上の注意は当然異なつてくるものだからである。

然るに、被告鐘化は、右のような的確な情報を提供しなかつたばかりか、前記のとおり、カタログにおいてカネクロール四〇〇には若干の毒性がある旨の記載はしながらも、同時に実用上間題にならない旨の誤つた記載をして宣伝販売をしたために前記のとおり被告カネミを初めとして、食用油脂製造業者にカネクロール四〇〇毒性について安心感を与え、ひいては被告カネミの、カネクロールのいい加減な取扱いを招いたものである。尤も、それにも拘らず被告カネミに対しては右のような取扱いをしたことについて責めるべき点は、前記のとおり多々あるけれども、右のような取扱いを招き、その結果、本件カネミ油症事件を惹起させる根本的な原因を招来せしめたものは、被告鐘化であるから、同被告は、食品製造販売業者に毒性の程度、内容等その危険性についての全情報を完全に周知させるべき注意義務を怠つた過失があるというべきであり、前記カタログの記載では食品製造販売業者に対しカネクロールを熱媒体として使用して食品を製造するに際し細心の注意を促すには全く不充分であつたことは明らかである。

2 食品製造販売業者に対し、カネクロールの金属腐食性を周知させなかつたばかりか、誤つた情報を与えた過失

前記のとおり、本件カネミ油症事件は、被告カネミの脱臭罐内のカネクロールのステンレスパイプに塩酸によつて腐食孔が生じ、その腐食孔からカネクロールが漏出して食用油に混入し、その食用油が見過ごされて販売されたことにより惹起されたものであり、右塩酸は、カネクロールの熱分解によつて発生した塩化水素が熱媒装置内の水分によつて生成されたものである。以下検討するカネクロールの有する金属腐食性とその腐食の機序は重要な意味を持つのであるから、被告鐘化が、食品製造販売業者に対し、熱媒用のカネクロールを販売するに際しては、右の点を明白に周知させ、食品製造販売業者に対して装置の運転及び管理についてカネクロールの有する金属腐食性の観点から万全を期して、有毒物質であるカネクロールを食品に混入せしめないよう警告し、もつて前記注意義務を尽すべきであつた。

しかし、以下に見るとおり、被告鐘化は、この点においても、注意義務を尽さなかつたばかりか、むしろカネクロールの利点を過大に宣伝しその使用方法につき需要者を誤信させかねないものがあつた。

〈証拠〉を総合すると、次の(一)ないし(六)の事実を認めうる。〈反証排斥・略〉他に右認定を左右する証拠はない。

(一) 被告鐘化は、カタログにおいて、「局部加熱等の事故により、液の分解を生じた時は、塩素を分離せず、脱塩酸し、塩化水素ガスを生じますが、カネクロール熱媒装置は装置全体としてエキスパンジヨン・タンクの一部を全部カネクロールで満たしますので、装置内に水分は存在せず、塩化水素ガスは乾燥状態のまま排気口より外部に流れ出て装置を腐食することはありません。」「高温においても金属に対する腐食はなく、使用材料の選定は極めて自由であります。」(以上甲第四六号証)、「カネクロールは沸点近くになりますと微量ではありますが、脱塩酸する傾向があります。しかし若し局部過熱等の事故で、この様な脱塩酸が行われ、塩化水素ガスが発生しましても、装置内に水分の存在が考えられないため塩化水素ガスは乾燥状態にあり装置を全然腐食する事なく排気口より外部へ流れ出る訳であります。」「多年の研究結果より使用される材質が如何なる金属でも、バルブ、パイプ、タンク、ジヤケツト等を腐食しませんから材質選定は極めて自由であり旧設備の転用も可能であります。」「パイプは普通の鋼管で充分であり、腐食の心配なくステンレス管や銅管を用いる必要はありません。」(以上甲第五三号証)「カネクロール四〇〇は三二〇度C迄液相で任意の温度で使用出来ます。」「高温においても金属に対する腐食はなく使用材料の選定は極めて自由であります。」(以上第四七号証)、「カネクロールによる金属材料の腐食は、高温、低温を問わず、全然考える必要はなく、材質の選択は自由であります。」(甲第四八号証)と記載し、他のカタログにおいてもほぼ同様な記載をして、カネクロールの金属に対する腐食性を否定している。

(二) しかし、カネクロール四〇〇から塩化水素ガスが発生するのは、局部加熱等の事故によるまでもなく、また沸点近くまでカネクロールが加熱されるまでもない。塩化水素ガスが、被告鐘化において使用可能としている摂氏三二〇度をかなり下廻る摂氏二五〇度でも発生することは、被告鐘化のカタログ(甲第四八号証)にも記載されている。右カタログは、摂氏二五〇度、一五時間加熱で発生塩化水素量を1.4PPMとしており、このようなわずかな発生塩化水素量でも、熱媒体カネクロールが食品工業で長時間に亘り連続運転して用いられた場合、その一部は排出されるとしてもその余は漸次装置内に残留されて、装置の腐食につながるに足る塩化水素量となる充分な危険性がある。

そして、使用温度がさらに高くなるにつれて、塩化水素ガスの発生量は増加するから、腐食の危険性も増すこととなる。

なお、被告鐘化は、そのカタログ(甲第四六号証)で、塩化水素の発生値を次のとおり記載している。

「ご参考までに過酷な条件(自然対流でAl箔を蝕媒した場合)の実験結果を次表に示します。

第一表 カネクロール四〇〇の安定性(その1)

三〇時間加熱時

温度℃

二八〇

三〇〇

三一〇

三二〇

三三〇

カネクロール四〇〇、

一grから発生するHcℓのmg

0.079

0.186

0.199

0.222

0.248

第二表 カネクロール四〇〇の安定性(その2)

Hcℓ発生の時間的変化

カネクロール四〇〇、

一grから発生するHcℓのmg

時間

三〇

六〇

九〇

一二〇

一五〇

二八〇℃

0.079

0.116

0.169

0.194

0.261

三三〇℃

0.248

0.510

0.923

1.141

1.362

しかし、右数値は、アメリカモンサント社のアロクロール一二四八について、モンサント社の技術者がアメリカの学術雑誌I・E・Cの第四一巻に記載した論文の数字と一致するが、アロクロールについての右実験では蝕媒はアルミ箔ではなく鉄であり、苛酷な条件という言葉もなく、また、厳密には、発生した塩化水素の値ではなく、発生した酸性物質の量を塩化水素として換算した値となつており、さらに、ゆるい窒素気流を通して発生した気体物質を追出しているから完全な自然対流ではない。同じ実験条件で実験しても四桁も数字が完全に一致することがないのが常識とされており、まして実験条件が違えば、なおさら実験結果の数値は異つてくるはずであるのに、被告鐘化が右の数字を掲げているのは、装置の腐食に重要な意味を持つカネクロールの塩化水素発生の実験を被告鐘化において行つたとして、どの程度真剣に行つたのか疑わしい。

(三) カネクロールから発生した塩化水素ガスの微小気泡は、浮上すると共に他の微小気泡と合一して大きくなつていき、管壁を伝わつて循環系を離れ、エキスパンジヨン・タンクより外部に排出されるとは必ずしもいえない。

管壁にあつた気泡がそのまま管壁にひつついて浮動するというようなことは、かなり静かな層流状態の場合にはいえるがカネクロール液の乱流があつたり、その流速が早かつたりすれば、一度上の方にたどりついた気泡でも、また液の中に舞戻されるであろうし、さらに、エキスパンジヨン・タンクの方へ行く部分にたどりついた塩化水素ガスの気泡も必ずしも上に行くわけでもなく、その時のカネクロール液の気泡に対する力、ベクトル(力の大きさと方向)と気泡の浮力との関係によつて上に上らず下に引きずり込まれる場合もある。そして、その気泡の上昇速度にしても、粘度のあるカネクロール液の中で動く速さとカネクロール液の粘度との関係や気泡の大きさといつたものが関係するし、さらには管の中のよごれの係数も影響してくるのであるから、塩化水素の微小気泡が浮上し、それが合一して大きくなり管壁を伝わつて循環系を離れると単純にはいえず、一部そのような経路をたどる気泡もあるであろうが、一部はカネクロール中の微量の水と反応して塩酸の液状となるのであろうし、さらに一部のものは塩化水素の気体状のままぐるぐると廻ることが考えられる。

そして、塩酸の液状の状態のときは液体と液体のコロイド状態で、塩化水素の微細な気泡の状態のとき液体と液体のコロイド状態で廻つていくと考えられる。

なお、一般にエキスパンジヨン・タンクは加熱に、よつて液体が膨張するから、パイプ系が完全に密閉されていると、それから溢れざるをえなくなるので、それに備えていわゆる緩衝の目的で保安上のものとして設けられているのであり、被告鐘化が熱媒用カタログで示しているエキスパンジヨン・タンクも同様であつて、それは、本来カネクロールから発生した塩化水素ガスの排出のためにあるのではない。

(四) カネクロール熱媒装置では、その運転中、カネクロール中に含まれた水分や運転開始前に装置系内にあつた水分が、右に見た塩化水素と同じように排気口からすべて排出されるわけではない。管内の水分は運転休止に伴う温度低下と共に液体状の水となり特に、運転休止中にカネクロールを地下タンクに落して装置を充満してないような場合は空気中の水分が伝熱管内に入り込んできて、管内に残留していた塩化水素と結合して塩酸となる。そして低温で生じたこの塩酸は、高温になると全部が全部塩化水素分子と水分子とに全然関係なく分離してしまうことはない。

(五) なお、被告カネミが採用した三和式脱臭装置では、エキスパンジヨン・タンクではなく、それに代るものとして循環タンクがあり、それには空気抜き管がついていて排気口の役割をしているが、右空気抜き管から塩化水素ガスや水分がすべて排出されるわけではないのは、エキスパンジヨン・タンクの場合と同様である。

(六) 尤もあるカタログによつては、外気中の水分に接触した塩化水素ガスは腐食の原因となるから熱媒装置のカネクロール循環系内に水分が入らないようにしなければならないとして、具体的にエキスパンジヨン・タンクにはモイスチユアートラツプを附すると完全であり、エキスパンジヨン・タンク以外の熱媒装置全体を完全にカネクロールで満たす必要があるとか、また、装置の漏れ試験のための水圧試験の場合、水を抜いた後の乾燥が必要であり、さらには、始運転時ポンプを始動し、カネクロールを装置に満した後ポンプで循環しながら摂氏一〇〇〜一二〇度の温度に加熱して、しばらくカネクロールを循環させる必要があるとの注意や局部加熱を避けるため、カネクロールパイプにバーナーの焔が直接当ることは避けるようにとか、運転停止時には、先ずバーナーを消し、循環ポンプは直ちに停止しないで、ある程度残存熱がなくなるまで回転させる必要があるとかいつた注意的記載も散見されるけれども、全体として見れば、カネクロール四〇〇には金属腐食性がないからその点を心配する必要がないという点が強調され、摂氏三二〇度までの任意の温度で使用できるし、使用金属の材質も自由である旨の宣伝がなされている。

右(一)ないし(六)の認定事実からすれば、被告鐘化は、カネクロール四〇〇を熱媒体として使用した場合、通常の運転においてもカネクロール四〇〇が金属を腐食させる性質を有するというべきであるのに、これを全く否定するような誤つた情報を提供し、冒頭に述べたとおり、その注意義務を欠いた過失があつたというべきである。

3 カネクロールの危険除去のための適切な手段方法を周知せしめなかつた過失

被告鐘化は、そのカタログでカネクロールの危険性除去のため、熱媒装置のカネクロール循環系内に水分を入れない諸注意や加熱炉で局部加熱を避けるための諸注意をしているけれども、前記のとおり全く不充分なものであつたし、また、熱媒体であるカネクロールが食品に混入した場合の発見方法については、前記カタログ等に何の記載もせず、カネクロール四〇〇の需要者に何らこれを周知させることがなかつたから、カネクロールの危険除去のための適切な手段方法を周知せしめなかつた過失があつたというべきである。

被告鐘化の右過失は、カネクロール四〇〇の毒性の程度、内容等その危険性についての全情報を周知させなかつたことや、その金属腐食性について、誤つた情報を提供したことと相俟つて、前記のとおり、被告カネミにカネクロールの食用油への混入をチエツクするという視点を欠落させているのである。

第八  被告カネミ、同鐘化両者の責任

以上の次第で、本件カネミ油症事故は、我国においてP・C・B製造販売の独占企業であつた被告鐘化が、我国の食品製造販売業者の間では一般に未知であつた化学合成物質カネクロールを、その需要者たる食品製造販売業者に販売するに際して、これを熱媒体として使用した場合の危険性やその危険性除去のための手段方法をその需要者に周知徹底させるべき注意義務があるのに、これを怠つたばかりか、その安全性を宣伝強調したために、その需要者たる被告カネミが、訴外三和において被告鐘化の誤つた宣伝によりカネクロールが人体に殆ど無害であると信じてカネクロールを熱媒体として使用することを組込んでいた米ぬか油精製装置を訴外三和より導入して、カネクロールを食用米ぬか油製造の熱媒体として使用した際に、カネクロールを杜撰に取扱い、食温製造販売業者としても本来、有毒なカネクロールが混入した米ぬか油をその消費者に販売してはならない高度の注意義務を負うのにこれを怠り、米ぬか油にカネクロールを混入させ、これを見過ごして米ぬか油を販売し、これが食用されたことにより発生したものである。

従つて、本件カネミ油症事故は、被告カネミ、同鐘化両者の前記過失行為が競合したことにより発生したものであり、右両被告の前記各過失行為は本件カネミ油症事故の発生との関係で客観的に密接な関連があるというべきであるから、右両被告は、共同不法行為として、連帯して本件カネミ油症事故に基づく被害を賠償すべき義務を負う。

第九  被告国、同北九州市の責任

一当事者間に争いのない事実

次の1ないし5の事実は原告らと被告国、同北九州市との間において争いがない。

1 憲法第二五条第一項が国民の生存権を基本的人権として保障し、これを受けて同条第二項は、「国は、すべての生活部面について社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定し、右保障を実効あらしむるべく国の行政活動を要求している。

従つて、国の公衆衛生の向上及び増進を図る衛生行政は、社会保障及び社会福祉の向上及び増進を図る作用とともに憲法が直接要求する重要な行政である。

この衛生行政の各分野のうちで、食品衛生法に基づいて飲食に起因する危害の発生を防止し、公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的として行われるのが食品衛生行政である。

2 食品衛生法は、右目的を達するため、食品、食品添加物、器具、容器、包装等について種々の規制をし、また各行政機関に種々の権限を附与しているが、そのほか食品衛生行政を行う上で不可欠のものとして食品衛生監視制度をもうけている。

即ち、食品による危害を予防するためには、食品を製造、加工、調理、保存、運搬、販売する諸操作に必要な施設、機械、器具の構造、機能の状態またはこれらの清掃、運営の取扱状態が常に安全な状態に保持されているか否か監視することが必要であり、そのため国及び一定の地方公共団体に食品衛生監視員が置かれることとされている。

食品衛生監視員の主たる権限は、右制度の趣旨からして食品衛生監視及び指導並びに飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止するため必要がある場合に行う報告、臨検、検査、試験用の収去に関する事務であるが、その外営業の許可等の事務をも併せ行つている。

右権限を的確に行使しうるように、食品衛生監視員は、一定の資格を要するものとされ、さらに監視または指導の実施に当つては定められた食品衛生監視票を使用して行うこととされ、各営業種別ごとに年間に監視すべき最低基準回数が定められている。

3 北九州市においては、同市が政令指定都市であるため、食品衛生法上都道府県または都道府県知事が国の機関委任により行うものとされている事務のうち、同法第二〇条の規定に関する事務以外の全ての事務について、同市又は同市長が、国の機関委任により処理すべきものとされており、本件において同法上の福岡県知事や北九州市長の行為、不行為は、即、国の行為不行為となるものである。

従つて、北九州市の区域内においては、北九州市長が、政令で定められた営業についての許可、許可条件の附与、許可の取消、営業の禁止、停止、施設の整備改善命令等の事務及び営業の施設等について監視または指導に関する事務並びに飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止するために必要な場合に行うべき報告、臨検、試験用の収去等に関する事務を行うこととなる。そして、北九州市長は、右事務を同市の食品衛生監視員に行わせているのである。

4 被告カネミ製油部の営業は、昭和四三年当時において罐詰またはびん詰食品製造業として食品衛生法上の規制の対象とされていた。

そのため被告カネミは、北九州市が政令指定都市になつた以後、その製油部の営業について同法施行令及び施行規制の定めにより許可申請をなし、北九州市長より営業の許可を受け、規制の対象とされていた。

そして 食品衛生法施行令第三条によれば、監視回数が単に基準としての意味を有するに止まるか否かは別として、罐詰またはびん詰製造業者に対しては年一二回の監視をなすべきこととされている。

5 厚生大臣は、内閣の下における衛生行政の最高機関である厚生省の長として衛生行政について必要な厚生省令、厚生省告示を発し、関係機関ないし職員を指導監督する等の権限を有している。

北九州市長は、同市の区域内における食品衛生法上の行政事務の責任者として、食品衛生監視員を指導監督し、食品衛生監視体制を確保すべき責任を有する。

なお、被告北九州市は、食品衛生に関する業務の実施について食品衛生法第二六条により必要な費用を負担している。

二被告国の食品安全確保義務と食品衛生法

1 我国の食品衛生に関する行政は昭和二二年一二月以前においては、明治三三年二月法律第一五号「飲食物その他の物品取締に関する法律」を基本とし、それに基づいて制定された個々の衛生取締規則によつて、警察の手で食品衛生の取締行政がなされてきたが、日本国憲法の施行に伴い、旧来からの食品衛生法規は、昭和二二年一二月末日限り失効し、これに代つて食品衛生法が制定実施され、衛生行政警察権も警察機構から衛生機構へ移管された。

2 憲法第一三条、第二五条により、すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有し、国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めるべき責務を負つている。

食品衛生法は、右憲法第一三条、第二五条の政治的理念に基づいて制定され、飲食に起因する危害の発生を防止して、公衆衛生の向上及び必要な条件を確保することを目的とするものであり、食品の安全が人の生命、健康の維持、発展にとつて必須の条件であるため、消費者である国民に対して安全な食品の供給を確保することが食品衛生法に基づく行政の極めて重要な基本的責務となつているのである。

食品衛生法は、右目的を達するため、前記のとおり、食品業者に種々の規制をし、厚生大臣等国の機関に監視、検査等の権限を附与しており、右行政庁は、食生活を通じて国民の健康増進、衛生向上の目的を達するため、同法に基づく権限を適正に行使すべき責任を負つている。

しかし、右権限の行使は、食品衛生法上の各規制権限についての規定の趣旨からしても、また、食品衛生行政が経済事情の変動や工業技術の発展に即応しつつ、直接には食品製造販売業者を対象としてこれを規制することによつて行われることからも、行政庁の自由裁量に委ねられているというべきであるから、右責任は、政治的責任であつても、個々の国民に対する法律上の義務ではないと解するのが相当である。

三行政庁の権限不行使と国家賠償法第一条第一項

1  食品衛生法上の権限行使は、前記のとおり、行政庁の自由裁量に委ねられていると解すべきであり、行政庁の自由裁量の範囲内の行為は、あくまで当、不当の問題であつて、違法の問題を生じない、しかし、自由裁量であるといつても、法の枠内の裁量であり、また公益適合性、平等性、合目的等の条理上の制約に従うべきものであるから、これに反して裁量権の限界の踰越や裁量権の濫用があつたときは、単に不当なだけではなく、違法な行為となる。

2  同様に、食品衛生法上の権限不行使も行政庁の自由裁量に委ねられているが、国民の生命、身体に対する具体的危険が切迫し、その危険を知つているか、容易に知りうる場合であり、かつ規制権限を行使しなければ結果の発生を防止しえないことが予測され、被害者たる国民として規制権限の行使を要請し期待しうる事情にあるときは、条理上、行政庁は、自由裁量の限界をこえて、個々の国民に対する関係においても規制権限を行使すべき法律上の義務を負うのであり、その権限不行使は、単に不当というに止まらず、作為義務に違反する違法な行為となると解するのが相当である。

3  従つて、厚生大臣等が前項の事情があつたのに、あえて食品衛生法に基づく権限を行使しなかつた場合、いわば裁量権の消極的濫用ともいうべき著しい不合理があつた場合にのみ、その不行使は、国家賠償法第一条第一項にいう違法なものというべきである。

四被告国の食品衛生法上の規制権限不行使等

1 被告国の被告カネミに対する営業許可に伴う権限不行使

原告らは、「人体に有毒有害な物質であるPCBを熱媒体として米ぬか油製造の脱臭工程中に使用する被告カネミに対し、営業を許可(更新)するに当つては、熱媒体であるPCBの使用を禁止すべきであつたのにこれを懈怠したものであり、仮にその使用を禁止しないとしても、(イ)脱臭工程においてPCBが油中に混入しない装置にすること、(ロ)その装置の定期点検をすること、(ハ)製品中にPCBが混入していないかを定期的に検査すること、の三点についてその措置が採られていることを条件として許可すべきであつたし、また食品製造業の施設基準について統一的に規則を定め、施設を食品衛生法第一条の目的に沿うよう規制し、絶えず食品製造業の実態に即し、改正すべきであるのに、被告国は、いずれもこれを懈怠した違法があり、また許可(更新)に当り、当然同法第四条各号に規定する人体に危害の及ぶ危険のある物質の混入を防止する施設が完備しているか否か調査すべきであるのにこれを怠つた違法がある。」と主張するので、以下この点について検討する。

(一) 食品衛生法第二〇条は、都道府県知事において、公衆衛生に与える影響が著しい営業であつて、政令で定めるものの施設につき、業種別に、公衆衛生の見地から必要な基準を定めなければならないとし、同法第二一条は、右営業を営もうとする者は、都道府県知事(政令指定都市では市長)の許可を受けなければならないと定めている。

そして、食品衛生法施行令第五条が同法第二〇条の規定により都道府県知事が施設についての基準を定めるべき営業を指定しているが、本件事故発生当時、右営業中に食用油脂製造業は同法施行令第五条で指定されていなかつた。

従つて、被告カネミの米ぬか油の製造は、本件事故発生当時、それ自体は許可を要する営業ではなかつたが、原告らと被告国、同北九州市において争いのないとおり、被告カネミでは製品となつた米ぬか油をびん詰にしていたので、同法施行令二九号の罐詰またはびん詰食品製造業に該当し、そのため許可を要する営業に該当し、被告カネミの米ぬか油の製造営業の許可(更新)については、福岡県知事が、食品衛生法第二〇条に基づいて、食品衛生法施行細則第九条により、同法施行令第五条で定める営業の施設の基準につき、その共通基準と特定基準を規定している罐詰またはびん詰食品製造業としての営業施設の基準に合致していれば、同法第二一条によりその営業が許可されなければならないとされている。

〈証拠〉によれば、被告ガネミは、昭和三六年一〇月二五日びん詰食品製造業として第一回目の営業の許可を受け、次いで昭和三九年一月一日と昭和四一年一月一日にいずれも同製造業としての営業更新の許可を受けたものであるが、その許可申請書には食品添加物の記載を要するものとされていたけれども、熱媒体等の記載は不要とされ、また、その機械器具名の欄にはびん詰工程のもののみを、その製造工程の欄には製造順に工程図をそれぞれ書けばよいという処理がなされ、当時許可申請書に基づき現地調査をした衛生監視員は被告カネミの営業施設がびん詰食品製造業としての施設基準に合致するかどうかを専ら検討して脱臭工程について一応見るだけに止まつて、脱臭構造がどのようになつているのか、熱媒体に何が使われているかについては特に検討することも、承知することもなかつたものであり、被告カネミの施設がびん詰食品製造業の施設基準に合致していたためにいずれも何らの条件を附せずにその許可がなされたものであり、右許可に際しびん詰食品製造業としての被告カネミの施設の点検については、小石、ガラスの破片、釘、針等の不潔または異物の混入を防ぐ設備があるかどうか、製品の詰機は、自動的衛生的な構造設備のものかどうか、販売容器の洗じよう、給水等の各設備があるかどうか、殺菌設備が設けてあるかどうか、保存を要する製品について効力のある冷蔵設備があるかどうかとの食品衛生法施行細則の別表の示す基準に基づいて、専らびん詰工程で異物混入や細菌汚染のおそれがないかという観点からなされ、脱臭工程についての点検はなされなかつたこと、当時、被告カネミの施設の点検をした衛生監視員は、その脱臭工程について加熱して脱臭するということは知つていたが、如何なる方法で加熱するのか、また、脱臭装置の中に蛇管があつたということも知らなかつたし、脱臭工程が油の品質を高める工程であり、殺菌する所でもなく、異物の混入する可能性もないとして、脱臭装置を点検の重点項目にしていなかつたこと、我国の食中毒の発生は、食品が細菌に汚染されているために生ずるのがかなりの部分を占めるため、被告国は、細菌汚染を重要視して食品衛生行政を行つてきたものであり、一方食用油脂は極めて安定性の強い食品で、細菌汚染という問題を生じたこともなく、本件カネミ油症事件発生まで食用油脂に基づく食中毒の事例が起つていなかつたために、食用油脂製造業は本件事故発生に至るまで営業許可を要する業種にも指定されず、従つてまた、その施設基準を必要とする業種にも入つていなかつたものであること、罐詰、びん詰食品は、保存性の高い食品であり、保存している間に細菌の繁殖あるいは腐敗、変敗が起つてはならないとの趣旨で同食品製造業は許可を要する業種となつていること、我国では化学薬品である熱媒体が食品を汚染して食品事故が発生した事例は、本件油症事故発生に至るまで知られていなかつたが、化学薬品類による食品事故は、工業技術の発達や経済事情の変動に伴つて細菌汚染による食中毒とは異つた形で新たに発生し始め、厚生省も、これに対応し、徳島県の森永砒素ミルク事件や山口県の砒素醤油事件に関連して、各都道府県知事及び各政令市長宛に通達を出し、その中で、直接には化学薬品の添加物的使用の場合を想定しているとはいえ、化学薬品類による食品事故を防ぐため右薬品類を重点的に監視すると共にその危害の発生防止に必要な措置を講ずるよう要請していること、本件事故が発生するかなり以前から、我国の食品工業における熱交換器の高温用熱媒体には、ダウサム、SKオイル、カネクロール等の有毒化学薬品が一般的に使用されていたのであり、被告国としても調査しようとすれば右事実を容易に知りえたのに、右の点について調査をせず、被告国は、被告カネミの場合について、昭和四三年一〇月二九日に至つて初めて、立入検査の結果カネクロールが熱交換器の熱媒体として使用されていたことを知つたものであり、被告北九州市において、同年一一月二九日、食品衛生法第四条第二項違反で被告カネミの代表者を小倉警察署長に告発すると共に、同年一二月二六日、被告カネミに対し、同法第二四条に基づき同被告の施設について、「1、油製造の脱臭工程において熱媒体が油の中に混入しない構造にすること、2、油製造機械の点検を定期的に実施し、その記録を保存すること」を内容とする改善命令を出し、同時に「製品検査は、各ロツト毎に実施し、その記録を保存する」よう指導していること、以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

PCBが前記のとおり毒性のかなり強い物質であり、当時被告国において、PCBの毒性及び被告カネミの米ぬか油製造の脱臭工程における熱媒体PCBの使用を容易に知りえたのであり、しかも、食品衛生法第一条が飲食に起因する衛生上の危害の発生防止を目的とし同法第四条が単に細菌や異物に限らず、人の健康を害うおそれがない場合として厚生大臣が定める場合を除いて、有毒、有害物質の食品への混入を禁止している趣旨からしても、更に、前記厚生省の通達が化学薬品類を重点的に監視すると共にその危害の発生防止に必要な措置を講ずるよう要請している趣旨からしても、被告カネミの営業許可(更新)に際し、同被告の施設を調査した衛生監視員が、異物混入や細菌汚染の各防止の観点からこれを点検したに止まり、また、化学薬品類については食品添加物のみを営業許可(更新)申請書に記載させるのみで、化学薬品である熱媒体PCBについては何らの記載もさせず、PCBが熱媒体として使用される装置である脱臭装置についておよそ何等の点検もしなかつたことや、更に前記改善命令及び指導事項の内容を被告カネミの営業許可(更新)の条件としなかたことや、そもそも被告国が、有毒有害な化学薬品が熱媒体として使用されていたのが通常であつた食用油脂製造業について、本件カネミ油症事件発生に至るまで、これを食品衛生法第二〇条の規定により都道府県知事が施設についての基準を定めるべき営業に指定せず食用油脂製造業の施設を同法第一条、第四条の観点から規制しなかつたことや、熱媒体の食品への防止基準を定めることは、食品または添加物の製造加工過程において有毒または有害物質が食品もしくは添加物に混入することを防止するための基準を定めうる旨の本件事故後に新設された同法第一九条の一八の規定を待たねばならなかつたとしても、同法第七条により、食用油脂製造業の製造方法の基準を同法第一条、第四条、の観点から行政裁量で定め、未だ具体化していない抽象的な危険に備えて製造方法を規制しうる余地がないわけではなかつたのにこれをしなかつたこと等の点において、被告国に食品衛生法に基づく規制権限の不行使について全く行政上の責務懈怠がなかつたとはいい難い。

しかし、熱交換器の劣化損傷が避け難いいとはいえ、本件カネミ油症事件が熱媒体であるカネクロールが熱交換器から漏出して食用油に混入し、その混入が見過ごされたまま健全な食用油として消費者に販売されたために発生したという前代未聞の事件であり、それまで我国では、食用油脂製造業で食品事故が起こつたことがなく、熱媒体の食品への混入ということを経験したこともなく、また、右のような混入について一般的な危惧感もなかつたばかりか、被告カネミを含む食用油脂製造業者一般について、熱媒体の食用油混入によつて具体的に人の生命、身体に対する危険な事態が発生すると考えられる情況にもなかつたことからすれば、被告国の前記規制権限の不行使が法律上の作為義務に反する違法のものとは到底いいえない。

(二) なお、万一の事故を考えれば、毒性のある化学物質を食品工業で使用しないことが望ましいのは勿論であるが、そのような物質でも、その製造販売業者がその毒性に関する情報等をすべて明らかにし、かつこれを使用する食品製造販売業者がその毒性、危険性を的確に把握してこれを管理すれば必ずしも危険とはいえず、そのことはPCBについても同様であり、本件の場合においても、被告鐘化及び同カネミが前記注意義務を尽していれば、本件油症事件の発生を未然に防ぎえたというべきであるから、PCBが有毒有害な化学物質であることから直ちに、被告カネミの営業許可(更新)に当り、被告国にPCBの熱媒体使用を禁止すべき法律上の責務はなかつたというべきである。

2 食品衛生監視員の被告カネミに対する監視に際しての権限不行使

原告らは、「被告国(機関としての北九州市長)の食品衛生監視員が、本件事故発生当時、食品衛生法施行令第三条により被告カネミに対して年間一二回の監視をしなければならなかつたのに、年二回ないし三回の監視を行つたのみであり、また、監視に当つて、食用油製造工程中の脱臭装置について全く監視をせず、更に、食品衛生法第一七条による被告カネミの製品についてこれを検査すべきことが義務づけられているのにこれをすべて怠つた違法がある。」旨主張するので、以下この点について検討する。

〈証拠〉を総合すると、被告カネミについては、本件事故発生当時、びん詰食品製造業として食品衛生法施行令第三条により年間一二回の監視回数を基準として監視または指導を行うこととされていたこと、尤も当時食用油脂製造業自体は営業許可を要する業種でもなく、一般の食品製造業として同条により基準監視回数は年二回であり、本件事故発生前においては、食品衛生法上、問題となつたことが殆どない極めて安全な業種であつたこと、昭和四三年当時、北九州市では、許可を要する食品営業施設数は一万三、三九五あり、その監視員数は二九名であつたから、監視員一人当りの許可を要する食品営業施設数は約四六二に達していたこと、食品衛生監視員の数は法で定められていないこと、衛生監視員は、食品衛生法第一九条第三項の規定により、各営業の施設等につき監視または指導を実施するわけであるが、食品衛生法施行規則第一八条の二がその実施につき、重視すべき事項を別表第六に規定しており、各衛生監視員は、その規定に基づいて監視することとなつているが、その外営業許可を要する施設についてはその施設基準にも照らして監視し、更に食品添加物についても監視することとなつていたこと、食品衛生監視員は、本件事故当時頃、年二回ないし三回被告カネミに監視に赴き、食品衛生法施行規則が定める重視事項に基づいて専ら最終工程であるびん詰工程を中心に監視し、食品衛生監視票を作成、た外、ノルマルヘキサンメタリン酸ナトリウム、酸性白土といつた食品添加物についても調査していたが、有毒、有害な熱媒体を使用する脱臭装置については本件事故後食品衛生法第一九条の一八が新設されて重点監視の対象とされるに至つたが、それまでは被告カネミの脱臭装置についても監視の重点項目ではなく、脱臭工程が殺菌する所でもなく、異物の混入する可能性もないとしてこれを外部から見て異常がないかどうかを見るに止まつて、監視の対象とせず、専ら最終工程であるびん詰工程を中心に重点監視し、例えば食品衛生法施行規則別表第六の九項にある食品取扱設備の補修の問題についてはびん詰工程の洗滌機、打栓機又は加熱殺菌室の機具について補修情況を観察点検したものであり、被告カネミの施設を監視した食品衛生監視員は、そもそも脱臭工程で熱媒体としてカネクロールが使われていたことを本件事故発生に至るまで知らなかつたし、単に過去の経験則により専ら細菌汚染防止の観点から施設を監視したこと、食品衛生法第一七条に基づく検査業務は、その必要性を過去の経験から判断し、必要に応じて収去し、種々の検査を実施していたが、被告カネミに対しては、その製造にかかる米ぬか油について、カネミ油症の原因物質が不明のまま、疑が持たれ昭和四三年一〇月一一日、被告北九州市は逸早く同法第一七条に基づいて立入検査をすると共に検体を収去し、更に同月一五日同法第二二条に基づいて営業停止命令を出しているが、それまでは、被告カネミ製造の米ぬか油による食品事故の発生が客観的に疑われる事態にはなく、被告カネミ製造の米ぬか油について収去検査をしなかつたこと以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

ところで、食品衛生監視員が細菌汚染の防止を重要視して、被告カネミの施設を監視したことは過去の食品事故発生の頻度からすれば一応肯けるところであるが、食品衛生監視の目的が食品衛生法第一条の目的を達するための同法第四条所定の物質を含む食品の製造販売を防ぐことにあり、しかも化学技術の発展に伴つて多くの化学薬品が食品工業に利用され、既に化学薬品による食品事故も発生し、厚生省においても化学薬品類を重点的に監視すると共にその危害の発生防止に必要な措置を講ずるよう都道府県知事及び政令市長に要請している趣旨からすれば、前記のとおり被告カネミで熱媒体として有毒、有害物質であるカネクロールが使用されていたことを知りえた被告国としては、食品衛生監視員をして食品添加物である化学薬品に限らず熱媒体たるカネクロールに対しても監視させ、食品衛生監視員は、カネクロールが食用油に混入しないよう被告カネミの脱臭装置についても監視の目を向けるべきであつたし、この点において行政上の怠慢があつたことは否定できない。

しかしながら、前記のとおり本件事故の原因が密閉構造の脱臭罐内のカネクロールステンレスパイプのピンホールから昭和四三年二月初旬にカネクロールが食用油に混入したことに因るものであり、それまで熱媒体が食用油へ混入した経験もなく、油症研究班や被告北九州市が委託した九大調査班によつても混入経路を発見するまでに多大な困難があつたこと等からすれば、本件事故発生当時、被告国において被告カネミの脱臭罐内のカネクロールステンレスパイプのピンホールからカネクロールが食用油に混入するという具体的危険が切迫していたことを予測しえたとは到底いい難く、また仮に食品衛生監視員が被告カネミの脱臭罐内を点検しても右ピンホール等のパイプの劣化損傷を発見することは不可能であつたであろうし、そもそも右のような具体的危険の存在を知りうる状況にあつたとはいい難い食品衛生監視員が脱臭罐内の点検をなすべき法律上の義務があつたとは到底いいえない。前記のとおり被告カネミでは月曜日の朝から日曜日の朝まで連続して脱臭装置を運転しており、もし食品衛生監視員が右装置の運転を停止して長時間罐内を点検とするとすれば、被告カネミに相当の営業上の損失を蒙らせることとなるから、そのような食品衛生法に基づく規制は、被告国において国民の生命、身体に対する具体的な危険が存在することを現認若しくは予測しえて初めてなしうるのであり、逆にそのような危険の存在も知りえない場合でも、その存在を主観的に多少なりとも疑つて右のような規制を加えるべき法律上の義務があるとすれば、そのような規制の結果装置に何等の瑕疵がなく、その危険が存在しなかつたとしても、規制は濫用とならず、賠償も要しないという法理を承認しなければならないし、その不合理なことは明らかである。

同様に、食品衛生法第一七条の収去検査の権限行使も、食品事故等が客観的に疑われる場合になされるべきものであるところ、前記認定事実によれば、本件事故発生前にそのような疑はなかつたのであるから、食品衛生監視員が本件事故発生前に右権限を行使すべき法律上の義務があつたとはいい難い。

なお、食品衛生法施行令第三条が定める食品衛生監視員の監視回数は、訓示規定であつて、努力目標としての基準を定めたものであるから、被告カネミに対する監視回数が右基準を下廻つているとしても、右不作為は国家賠償法第一条にいう違法な行為となるわけではない。

従つて、食品衛生監視が被告カネミに対して、監視業務を行うに当り、原告ら主張の食品衛生法に基づく権限を行使しなかつたからといつて、右不行使は法律上の作為義務に反する違法のものとはいいえない。

3 九州大学医学部医師の食品衛生法第二七条の届出義務違反

原告らは、「最初のカネミ油症患者は、昭和四三年六月九大医学部皮膚科を訪れ、瘡様皮疹を訴えており、同年八月に入つて同症状の患者が来院し、その頃、右症状がライスオイル或は固型ヨーグルトによるものであることが判明したのであるから、右患者の診察に当つた九大医師(被告国)は、右症状が食品に起因する中毒として食品衛生法第二七条に基づき最寄の保健所長に届出るべき義務があるのにこれを怠り、そのため、被告国は本件事故の拡大に寄与しており、被告国が本件事故について責任を負うことは当然である。」旨主張する。

しかし、食品衛生法第二七条の届出義務は、公務員たる地位に関係なく、すべての医師に科せられた行政取締上の義務であつて、公務員たる医師がなすその届出行為は公権力の行使ではないから、九大医学部の医師が同条の届出義務を怠り、仮にこれによつて本件事故の拡大に寄与した結果となつたとしても、国家賠償法第一条の責任が問題となる余地はないのである。

4 ダーク油事件と被告国の対応

原告らは、「昭和四三年二月から三月に亘り発生したいわゆるダーク油事件により、被告国が直ちにカネミライスオイルの安全性について重大な疑問を抱き、被告カネミの施設及びその製品を検査し、食品衛生法第二二条の所定の措置をとつておけば、本件事故の発生或はその拡大を防止しえたにもかかわらず、何等の措置をとらなかつたのであるから、被告国が責任を負うのは明らかである。」旨主張するので、以下この点について検討する。

(一) ダーク油事件の概況については、前記フランジ説を検討した際に述べたとおりであるが、補足すると、〈証拠〉によれば、昭和四三年二月中旬頃から西日本各地の鶏(ブロイラー)に大量の斃死事故が発生し、間もなく農林省家畜衛生試験場九州支場、鹿児島県畜産課、農林省福岡肥飼料検査所等が調査したところ、林兼産業株式会社、下関工場東急エビス産業株式会社九州工場の配合飼料を使用している養鶏場だけに右事故が発生しており、しかも右両会社では配合飼料に被告カネミ出荷のダーク油が原料として使用されていることが同年三月一六日までに判明し、鶏の斃死事故の原因として右ダーク油に嫌疑がかけられ、同検査所は、右両会社から出荷されていた飼料を回収し、同年、三月下旬には右奇病も終息に向つたこと、同月二二日、農林省福岡肥飼料検査所の係官は、事故の原因究明のため被告カネミの工場に赴き、ダーク油の生産状況を調査し、森本工場長の案内により米ぬか油製造の全工程を検分し、次いで同二五日、同検査所は、農林省家畜衛生試験場に対し、問題の被告カネミ製のダーク油及び右両会社の同年二月製の飼料を送付して病性鑑定の依頼をしたこと、同試験場は、右飼料による中毒の再現試験及びダーク油の発光分析をそれぞれ実施し、その結果、いずれの飼料及びダーク油にも毒性があり、鶏に対して致死的作用があり、九州地方に発生した鶏の中毒は配合飼料製造に使用した被告カネミ出荷のダーク油に原因があると判断し、更に、ダーク油中には鉛、砒素、マンガン、カドミウム、銀、錫は検出されず、本中毒と極めて良く類似した鶏の油脂中毒が一九五七年にアメリカのジヨージア州等に発生しているが、その際の毒性分の本態はほぼ明らかにされ、非水溶性、耐熱性の成分であり、本病鑑例の毒成分とアメリカで発生した中毒の構成分とが全く同一であるかは不明であるが、油脂製造工程中の無機性毒化合物の混入は一応否定されるので油脂そのものの変質による中毒である考察とし、その旨を同年六月一四日農林省福岡肥料飼料検査所に回答したこと、農林省畜産局長は、同月一九日、都道府県知事に対し、同年二月から三月上旬にかけて西日本一帯に発生した鶏の中毒事故の原因が米ぬか油製精に際し発生する副産物であるいわゆるダーク油によるものであり、当該ダーク油中に含まれる毒性物質については調査中であるが、管下の飼料製造業者に原料及び製品の品質管理の徹底を期するよう指導されたい旨の通知を出していること、その後、本件油症事件が発生し、油症研究班がその原因物質を究明する中で被告カネミの脱臭工程で熱媒体としてカネクロールを使用していることが確認され、問題のダーク油にも同じくカネクロールが混入していることが判明し、同年一一月一六日、農林省と厚生省において、ダーク油事件と本件油症事件の原因物質が同じくカネクロールである旨の発表をしたものであるが、食品衛生担当官は、本件油症事件発生に至るまでダーク油事件の発生を知らなかつたし、ダーク油事件の調査、鑑定に当つた農林省の係官は、当時、PCBが熱媒体として食品工業に使用されていることもPCBがどのような物質であるかも知らなかつたし、更に、従従飼料は天然物ないし僅かに加工した程度のものを使用していたこともあつて、ダーク油事件があくまでダーク油の変質による鶏の中毒に止まり、人間の食品事故につながるとは考えず、PCBに汚染された鶏がかしわとなり食品として市場に置かれると厚生省の管轄となるけれども、鶏の奇病が間もなく終息したこともあつて当時、ダーク油事件発生について食品衛生所管庁に連絡せず、まして被告カネミの精製米ぬか油が危険であるとは考えもしなかつたこと、当時、農林省と厚生省とを連絡する制度としてパイプはなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

(二) 右認定事実によれば、昭和四三年六月中旬、農林省担当官においていわゆるダーク油事件の原因が被告カネミ出荷のダーク油にあることを確認したものであるが、鑑定の結果により問題のダーク油中には無機性有毒化合物の混入は一応否定され、かえつて鶏の斃死がダーク油そのものの変質による中毒と考えられていたのであるから、農林省担当官が、鶏斃死の原因を被告カネミの米ぬか油精製の最終工程よりも数工程前にできる副産物たるダーク油に確定したことにより、被告カネミの精製米ぬか油が危険であると考えなかつたことは止むをえなかつたものというべきであり、従つて、食品衛生という専門外の分野に目を向け、被告カネミの米ぬか油について危険を予想して食品衛生所管庁に連絡する措置をとらなかつたことは無理もないことであつたという外はないし、まして鶏斃死の原因として被告カネミ出荷のダーク油に疑がかけられた昭和四三年三月段階で、農林省担当官が、そのような措置をとらなかつたことは尤もなことであつたというべきである。一方、食品衛生担当官は、本件油症事件発生に至るまでダーク油事件の発生を知らなかつたし、容易に知りうる状況にもなかつたのであり、仮に農林省担当官からダーク油事件の発生を知らされていたとしても、鶏の奇病が終息し、その奇病が被告カネミ出荷のダーク油そのものの変質によると考えられていた状況の下では、事故ダーク油を食べた鶏がかしわとして市場に出ないよう食品衛生法上の措置をとるべき事態にあつたことは認識できても、ダーク油事件の発生から、直ちに被告カネミ製造の食用油について、国民の生命、身体に対して具体的危険が切迫しているとして同法第一七条に基づく収去検査や同法第二二条に基づく出荷停止等の措置をとるべき事態にあつたことを認識できなかつたというべきである。

従つて、ダーク油事件の発生に際して、被告国の食品衛生法上の権限不行使について、被告国に著しい不合理があつたとは到底いい難い。

五結論

1 被告国の責任

前項で検討したとおり、原告らが主張する被告国の食品衛生法上の規制権限不行使等については被告国に何ら違法の点はないのであるから、その余の点について判断するまでもなく、被告国は本件カネミ油症事件について国家賠償法第一条に基づく賠償責任はないというべきである。

2 被告北九州市の責任

本件カネミ油症事件に関する被告北九州市の責任は、被告国に国家賠償法第一条の責任があることを前提とするところ、前記のとおり被告国に同条の責任はないのであるから、被告北九州市にも責任がないことは明らかである。

第一〇  損害

一以上判示した次第で、被告カネミ、同鐘化はそれぞれ、主文第一、第二項掲記の原告らに対し、本件不法行為によつて右原告らが受けた損害を賠償すべき義務がある。

二原告らの包括一律請求について

原告らは、本訴において原告らが賠償請求の対象としている損害は油症患者たる原告ら及び別紙〔一〇〕(二)死亡油症患者被害認定一覧表記載の者(以下死亡油症患者という)が蒙つた社会的、家庭的、経済的、精神的損害などすべてを包括する総体であつて、原告らの請求額は、右総体としての損害の一部に過ぎないし、原告ら及び死亡油症患者らの症状をランク付けする基準もないので包括的、かつ一律にその損害額を算定すべきであると主張する。しかしながら、経済的な損害については、具体的な金額の算定は可能であつて、しかもその額が全被害者につき同一である筈はないのに、原告らはこの点につき、包括請求を理由として、主張、立証をしていないし、家庭的、社会的損害についても、それが家庭的、社会的であるが故に全油症被害者につき、同一であるとは言えず、それは前掲原告ら各本人の供述によつても明らかであつて、全油症被害者のこの種損害に対し、個別に金銭的評価を加えることは困難ではあるが、可能というべきである。また症状のランク付けについては、確かに医学的に厳密な意味での判断基準の存在を認めるべき証拠はないが、原告ら主張自体からも、油症患者たる原告ら、及び死亡油症患者各自の症状に軽重の差があることは明らかであるから、それを全く無視し去つてすべてを重症、或いは中症のうちのいずれか一つとして処理することは、公正を失し不当といわねばならない。更に一部請求の点についても、すべての油症患者たる原告及び死亡油症患者につき、本訴請求金額を上廻る損害が生じたものであるならば、原告らは、少くとも概数程度にせよ現実の損害額を主張、立証すべきところ、本訴請求額を超える具体的な実損額については、全く主張していないので、一部請求を理由とする一律請求も、その根拠が薄弱である。そうすると、本訴は油症患者たる原告ら及び死亡油症患者らの油症による直接の肉体的、精神的な苦痛、及び社会的、家庭的、経済的等一切の日常生活上の有形無形の損失、不利益のもたらす精神的苦痛に対する慰藉料請求のみと解するほかなく、また慰藉料額についても、能う限り被害者側の個別的事情を考慮し、公平、妥当且つ合理的にすべきである。

三油症患者たる原告ら及び死亡油症患者の症状等

〈証拠〉を綜合すると、油症患者たる原告ら及び死亡油症患者らの油症罹患後の症状は、別紙〔一〇〕(一)油症原告被害認定一覧表、及び同〔一〇〕(二)死亡油症患者被害認定一覧表記載のとおりであり、右各症状は、油症罹患前に生じた疾病、もしくは、その再発とみられるものを除き、いずれもカネミライスオイル中に含まれていたPCBによつて直接もしくは間接的に発症したものであつて、これらの症状は、油症患者たる原告ら各自につき、油症罹患後現在までの間に同時、もしくは順次発現したもので、概括的に言えば、そのうち吹出物(塩素瘡)・皮膚の黒変(色素沈着)等の油症特有の症状は、大多数の者について、漸次軽快し、もしくは消失しているけれども、四肢の痛み、痺れ、関節痛、知覚異常、倦怠感、発熱、異常発汗、吐気・嘔吐、腹痛・下痢・便秘、頭痛、月経異常・目まい、動悸・息切れ・咳、痰の増加・喉のつまる感じ、風邪や中耳炎等感染症疾患に罹り易いこと等その他の症状は、全身性の非特異的症候の複合的な形態ともいうべきものでありPCBの混入したカネミライスオイルを摂取して程なく、またはその後発現して、現在まで一貫して継続しているものもあれば、既に消失し、もしくは消失、再発を繰返しているものもあつて、これまでのところ、症状に軽重の差はあれ、完治している者はないこと、右認定の症状のため、油症患者たる原告ら、及び死亡油症患者らは、それぞれ概ね当該原告ら主張のような肉体的苦痛、及び日常生活上の支障、転職、退職、廃業、就職先の限定、勉学の非能率、卒業後の進路不安、進学の断念等職業、学業面の不利益、或いは家庭生活の破壊、婚約の廃棄、不成立等による精神的苦痛を蒙り、更には、前記第二、四、3判示のとおり油症患者たる原告らはその体内に今なお残留している高沸点の五〜六塩化物の一部が、体外に排出し尽す時期について確たる見通しはないのに、油症の治療方法が現在まで確立されていないことによる将来の健康に対する不安に絶えず晒されていること、死亡油症患者である大川渡は昭和四四年五月二四日、同正岡勝信、同坂本権太郎は昭和四三年一一月、同桃野丹治は同年一二月一七日、同岩田ヤス子は同年一二月、同井上博文は昭和四五年八月八日、同樋口サキは昭和四三年一〇月二一日、同古賀シノは昭和四五年八月七日、同森照夫は昭和四三年一〇月二四日、同高橋弘は同年一二月、同池田久江は昭和四四年三月、三吉基博は同年一月二二日、同北島秋夫は昭和四六年一一月四日、同永田ハツ、同渡辺儀一は昭和四四年五月二日、同永尾金蔵は昭和四六年四月、同中村恒一は昭和四四年九月一〇日、同貞方賢は昭和四六年四月一日、同濱村留助、同前島ハツ、同江上キクは昭和四四年五月二日、同江上ひとみは同年五月、同江上モトは同年九月一〇日いずれも油症の認定を受けていること、以上の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

もつとも、油症患者たる原告ら、及び死亡油症患者らの右認定の症状のうちには、皮膚症状等油症特有のものを除き個別的に取り上げる限りでは、油症との因果関係が必ずしも明らかでないものもあるが、油症発病後多数の患者に、昭和四三年四、五月頃から略々一年位の間に同種の症状の発現がみられる点より考えると、これら症状も、前判示のとおり体内に蓄積されたPCBが少くとも間接的に影響して生じたものと推認できる。

四死亡油症患者の死亡と油症との因果関係

前項掲記の各証拠によると、死亡油症患者は、いずれも原告主張の日に死亡したものであるが、そのうち、古賀シノは油症に罹患する以前から脳隘血のため、寝たきりの生活を送つているうち油症に罹患したもので、その死因が脳溢血の後遺症状によるものか、それとも油症によるものか明らかでないこと、森照夫は職場での事故、高橋弘は交通事故のためそれぞれ死亡したこと、池田久江は油症罹患前の昭和四二年左乳を乳癌に冒され、同年一月から二月まで入院治療したことがあり、油症罹患後今度は右乳に乳癌が発生し、その結果死亡したものであるから、右乳の乳癌が左乳の癌と無関係により発現したものとは断じ難いこと、貞方賢は油症罹患前の昭和三八年頃胃潰瘍、高血圧のため入院したことがあり、昭和四一、二年頃からは心臓の腫れる病気と高血圧のため寝たり起きたりの生活をしているうち、油症に罹つたもので、その死因が油症によることが明らかでないこと、江上キクは油症罹患後被告カネミから、合併症の患者には治療費を打切る旨通告され、痛く悩んでいるうち、そのためか自宅前の海岸で入水自殺したものであるが、右自殺の動機だけでは客観的にみて何人も死を選ぶのも無理からぬこととは言い得ないこと、以上の事実が認められるので右六名については、その死亡と油症との間に因果関係を認めることはできず、損害額を定めるに当つては、死亡までの油症の症状のみを斟酌すべきである。右のうち池田久江について、甲第一五八号証(原告池田聡の陳述書)には、久江の右乳の癌は左の乳癌が転移したものではなく、全く別条件の下に発生した旨の供述記載があるけれども、右記載だけで同人の右乳癌が転移癌でないとは認めるに足らず、他にこれを認めるべき証拠はない。

次に、右六名以外の死亡油症患者については、前掲各証拠によると、油症罹患前特段の持病もなく、演症罹患後に発現した症状のため死亡したものと推認できるからいずれもその死亡と油症との間に因果関係を認めるのが相当である。

五油症患者たる原告ら、及び死亡油症患者らの損害額

右三、四項認定の各事実、本件事故はいわゆる食品公害ともいうべきもので、PCBの製造企業である被告鐘化、及びそれを食用油製造に利用した被告カネミ両社の前認定のような一方的過失によつて惹起されたもので、被害者側に過失と目される行為はないこと等諸般の事情を併せ考えると、油症患者たる原告らに対する慰藉料の額は別紙〔一一〕被告カネミ倉庫株式会社に対する認容債権額一覧表及び別紙〔一二〕被告鐘淵化学工業株式会社に対する認容債権額一覧表固有分欄記載の各金額を以て相当と認め、死亡油症患者らに対する慰藉料の額は、大川渡、正岡勝信、坂本権太郎、桃野丹治、岩田ヤス子、井上博文、樋ロサキ、三吉基博、北島秋夫、永田ハツ、永尾金蔵、渡辺儀一、中村恒一、濱村留助、江上ひとみ、前島ハツ、江上モトにつき各金一五、〇〇〇、〇〇〇円、古賀シノ、森照夫、高橋弘、池田久江、貞方賢につき各金八、〇〇〇、〇〇〇円、江上キクにつき金一二、〇〇〇、〇〇〇円を以て相当と認める。

六被告カネミの一部弁済の抗弁について

〈証拠〉によると、被告カネミが別紙〔五〕原告別支払明細一覧表原告氏名欄記載の原告ら(原告渡辺アイを除く)に対し、同表記載のとおり治療費、交通費、見舞金、仮払金をそれぞれ支払い、また別紙〔六〕死亡者別支払明細一覧表記載の死亡者(渡辺儀一を除く)に対しても同表記載のとおり治療費、交通費、見舞金、仮払金をそれぞれ支払つたことが認められるが、前判示のとおり本訴は慰藉料請求のみと解されるから、右各支払金のうち見舞金は本訴慰藉料債権の一部弁済とみるべきであり、これを右各原告ら、及び死亡者(死亡油症患者)らの前項認定の各慰藉料債権から控除すべきであるが、治療費、交通費、仮払金は、右慰藉料債権の一部弁済とは認められないから、この点に関する限り被告カネミの抗弁は、理由がない。

ところで、〈証拠〉によれば、被告カネミは死亡油症患者渡辺儀一に対し、金二〇、〇〇〇円を見舞金として支払つたものと認められるが、同被告は右渡辺に対する見舞金の支払額として、金一〇、〇〇〇円しか主張していないので、右主張の限度で金一〇、〇〇〇円を右渡辺の前項認定の各慰藉料債権から控除すべきである。また、被告カネミは、原告渡辺アイに対しても見舞金一〇、〇〇〇円を支払つた旨主張するが、これを認めるに足る証拠がないので、同原告に対する、被告カネミの右抗弁は理由がない。

原告らは、被告カネミの右一部弁済の抗弁は、第八二回口頭弁論期日において、時期におくれて主張したもので、これにより訴訟の完結を遅延させるから、右抗弁の却下を求めると主張するが、右抗弁の立証のための前掲各書証は、いずれも右期日以前に証拠調べを完了し、被告カネミは他に右抗弁立証のためのみに続行期日を必要とするような証拠申請もしていないので、原告らの右主張は採用することができない。

七相続

亡大川を除く死亡油症患者らの相続人、及び相続分がいずれも原告ら主張のとおりであることは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、死亡油症患者大川渡は韓国人であつて、同人の相続人は、同人の妻である原告梁女、及び右両名の長女である原告加来道子の両名であり、韓国民法によれば、相続分は原告梁女につき三分の一、同加来道子につき三分の二であるものと認められる。従つて死亡油症患者らの相続人である原告ら(別紙〔一〇〕(二)死亡油症患者被害認定一覧表中相続人たる原告欄記載の各原告)は、それぞれ右相続分に応じて被相続人たる死亡油症患者らの前認定の各慰藉料債権から前項認定の被告カネミの一部弁済額を控除した残額を承継取得したものというべきに対すであつて、各自の取得額は、被告カネミる関係では別紙〔一一〕被告カネミ倉庫株式会社に対する認容債権額一覧表中相続分欄記載のとおりであるが、被告鐘化は同カネミの前記一部弁済の抗弁を援用していないので、被告鐘化に対する関係では右控除をする由なく、従つて別紙〔一二〕被告鐘淵化学工業株式会社に対する認容債権額一覧表中相続分欄記載のとおりというべきである。

八相続債権の譲渡

原告渡辺アイは亡渡辺儀一の共同相続人である養子渡辺リイから昭和四四年一二月二〇日亡儀一の本件損害賠償債権のうち、右リイの取得した三分の二の相続分の譲渡を受け、同人は債権者たる被告らに対し、原告ら準備書面(第一二回)によつて右債権譲渡の通知をし、また、原告北島オリエは、亡北島秋夫の共同相続人である長女山崎郁子、二女渡邊唯子、長男北島醇二、二男北島誠之、三男北島涼三、四男北島篤から、昭和四七年一月三一日秋夫の本件損害賠償債権のうち、右六名の取得した各相続分の譲渡を受け、右六名は債務者たる被告らに対し、右準備書面によつて右各債権譲渡の通知をしたと主張し、〈証拠〉によると、右債権譲渡の事実はこれを認めることができる。しかしながら、原告ら準備書面(第一一回)は、譲受人である原告渡辺アイ、同北島オリエの訴訟代理人が作成したものであつて、右各債権譲渡人らが、同代理人に対し、訴訟委任はもちろん債権譲渡の通知方を委任した形跡もないので、右準備書面によつて右各譲渡人らから被告らに対する債権譲渡の通知がなされたものとは認め難く、他に右通知または債務者たる被告らの承諾があつたことを認めるべき証拠はない。従つて原告渡辺アイ、同北島オリエ、被告カネミ、同鐘化に対しいずれも自己の譲受けた前記各債権を主張することができず、本来の相続分各三分の一の限度で前記各被相続人の本件損害賠償債権の取得分を請求し得るのみというべきである。

九原告井藤良二(原告番号広島17)の請求について

原告井藤良二は、長女亜希子が胎児性油症児として出生したため、同人の父として固有の精神的苦痛を蒙つているとして、その慰藉料を請求しているが、生存患者の近親者(民法第七一一条所定の近親者)の固有の慰藉料については、患者が油症に罹患したためにその近親者において、患者が生命を害された場合にも比肩すべき、または右の場合に比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を受けたと認められる場合に限り、その近親者は民法第七〇九条、第七一〇条により右慰藉料を請求できるものと解すべきところ、〈証拠〉によると、井藤亜希子は右原告両名の長女として昭和四四年一〇月七日出生したが、母美代子が油症認定患者であつたため、胎児性油症児として出生したもので(但し、擬認定)、出生時躯全体が黒く、両手の指の爪がへこみ、現在は多少肌の黒変、爪のへこみは良くなつているものの、首筋の後部から肩にかけて吹出物が出、虫歯、眼脂が多く、寝汗をよくかき、風邪を引き易いし、風邪を引くと中耳炎に罹り易いといつた状態で、右原告両名が長女亜希子の現在及び将来の健康に対し、心を痛めていることは認められるけれども、これだけでは、右亜希子の生命を害された場合に比肩すべき苦痛、または右の場合に比して著しく劣らない程度の苦痛を原告井藤良二において蒙つたものとは認められないので、同原告の右請求は失当である。

一〇弁護士費用

〈証拠〉を綜合すると原告らは、被告カネミ、同鐘化が、本件事故による損害の任意の弁済に応じないので、やむなく弁護士たる原告ら代理人らに本訴の提起、追行を委任し、そめ手数料、報酬として少くとも認容額の一割に相当する金員の支払いを約したものと認められるが、本訴の難易、認容額、集団訴訟であること等を考慮し、別紙〔一一〕被告カネミ倉庫株式会社に対する認容債権額一覧表、及び別紙〔一二〕被告鐘淵化学工業株式会社に対する認容債権額一覧表中各弁護士費用欄記載の各金員をもつて、原告井藤良二を除く各原告らの本件事故と相当因果関係にある損害と認める。

第一一  結論

一以上の次第で被告カネミは、原告井藤良二、同大川点順こと梁女(右梁女については、被告カネミに対する請求がない)を除く別紙〔一一〕被告カネミ倉庫株式会社に対する認容債権額一覧表欄記載の原告らに対し、同表欄記載の各金員(同表欄記載の各金額の合計額より同表欄記載の各金額を控除した残額)及びこれに対する本件不法行為発生の日の後であることが、前掲各証拠によつて明らかな昭和四三年一一月一日以降各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、被告鐘化は、原告井藤良二を除く別紙〔一二〕被告鐘淵化学工業株式会社に対する認容債権額一覧表欄記載の原告らに対し、同表欄記載の各金員(同表欄記載の各金額の合計額)及びこれに対する前同日より右同率の遅延損害金を支払うべき義務がある。

二なお、被告カネミ、同鐘化は、共同不法行為者として、前項記載の各認容債権のうち、被告鐘化において単独で支払義務のある原告大川点順こと梁女に対する分を除き且つ別表〔一二〕被告鐘淵化学工業株式会社に対する認容債権額一覧表欄記載の各金額のうち別表〔一一〕被告カネミ倉庫株式会社に対する認容債権額一覧表欄記載の各金額を超過する部分を除いたものに相当する各金員につき、連帯支払いの義務あるものというべきである。

三よつて、右一項掲記の原告ら(除外した原告以外の者)の被告カネミ、同鐘化に対する各請求は、同項記載の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、原告井藤良二を除く原告ら(但し、原告大川点順こと梁女については、被告加藤に対する請求がないので、同被告を除く)の被告加藤、同国、同北九州市に対する各請求、及び原告井藤良二の被告らに対する各請求は、いずれも理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条第一項本文仮執行の宣言つき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(森永龍彦 寒竹剛 羽田弘)

別紙〔一〕 原告ら目録

訴状

原告番号

住所

氏名

1

5

直方市植木市営住宅二九四号

野口彰生

6

同靜子

7

福岡県小郡市二二二八番地の一

同清孝

8

直方市植木市営住宅二九四号

同清

右二法定代理人親権者父

野口彰生

同母

同靜子

9

飯塚市菰田西二丁目四の一八

小松ヒロエ

10

同千江子

11

飯塚市大字川津九五

矢山敬士

12

同妙子

1

13

同陽介

右一名法定代理人親権者父

矢山敬士

同母

同妙子

14

福岡市博多区対馬小路九―一三古森病院内

太田成春

15

福岡県粕屋郡篠栗町津波黒二二二

正岡壽太郎

16

同スエ子

17

福岡市東区大字松崎四三八の四

同恭一

18

福岡県粕屋郡篠栗町大字田中第一幸町

仲野トキヨ

〈以下略>

別紙〔三〕 請求債権額一覧表

原告番号

原告氏名

慰藉料請求金額

弁護士費用(円)

請求合計金額(円)

{++}

固有分(円)

相続分(円)

第一次五

野口彰生

一五、〇〇〇、〇〇〇

一、五〇〇、〇〇〇

一六、五〇〇、〇〇〇

〃 六

野口静子

一五、〇〇〇、〇〇〇

一、五〇〇、〇〇〇

一六、五〇〇、〇〇〇

〃 七

野口清孝

一五、〇〇〇、〇〇〇

一、五〇〇、〇〇〇

一六、五〇〇、〇〇〇

〃 八

野口清

一五、〇〇〇、〇〇〇

一、五〇〇、〇〇〇

一六、五〇〇、〇〇〇

〃 九

小松

一五、〇〇〇、〇〇〇

一、五〇〇、〇〇〇

一六、五〇〇、〇〇〇

〃 一〇

小松千江子

一五、〇〇〇、〇〇〇

一、五〇〇、〇〇〇

一六、五〇〇、〇〇〇

〃 一一

矢山敬士

一五、〇〇〇、〇〇〇

一、五〇〇、〇〇〇

一六、五〇〇、〇〇〇

〃 一二

矢山妙子

一五、〇〇〇、〇〇〇

一、五〇〇、〇〇〇

一六、五〇〇、〇〇〇

〃 一三

矢山陽介

一五、〇〇〇、〇〇〇

一、五〇〇、〇〇〇

一六、五〇〇、〇〇〇

〃 一四

太田成春

一五、〇〇〇、〇〇〇

一、五〇〇、〇〇〇

一六、五〇〇、〇〇〇

〃 一五

正岡寿太郎

一五、〇〇〇、〇〇〇

一〇、〇〇〇、〇〇〇

二、五〇〇、〇〇〇

二七、五〇〇、〇〇〇

〃 一六

正岡

一五、〇〇〇、〇〇〇

一〇、〇〇〇、〇〇〇

二、五〇〇、〇〇〇

二七、五〇〇、〇〇〇

〃 一七

正岡恭一

一五、〇〇〇、〇〇〇

一、五〇〇、〇〇〇

一六、五〇〇、〇〇〇

〃 一八

仲野

一五、〇〇〇、〇〇〇

一、五〇〇、〇〇〇

一六、五〇〇、〇〇〇

〃 一九

仲野晴芳

一五、〇〇〇、〇〇〇

一、五〇〇、〇〇〇

一六、五〇〇、〇〇〇

〈以下略〉

別紙〔一〇〕(一) 油症原告被害認定一覧表

原告番号

原告氏名

現在までの主な症状

つめの変色。目やに。抜け毛。顔のむくみ。視力減退。目まい。のどがつまる。頭痛。腹痛。腰痛。異常発汗。手足のいたみ。手足のしびれ。けんたい感。はき気。歯茎が腫れ・出血。後頭部・背中の吹出物。爪の変形。息切れ。動悸。肩こり。胃痛。健忘。肝臓肥大。

第一次5

野口彰生

原告番号

原告氏名

現在までの主な症状

つめの変色。目やに。顔の吹出物。首・背中の吹出物。陰部の吹出物。目まい。頭痛。腹痛。腰痛。手足のいたみ。手足のしびれ。はき気。胸・腹・脇の下・大腿部の吹出物。耳鳴り。歯が浮く。手のむくみ。爪の変形。健忘。動悸。息切れ。

第一次6

野口静子

〈以下略〉

別紙〔一一〕 被告カネミ倉庫株式会社に対する認容債権額一覧表

原告番号

原告氏名

慰藉料額

控除額(円)

弁護士費用(円)

認容合計金額(円)

++-

固有分(円)

相続分(円)

第一次5

野口彰生

一二、〇〇〇、〇〇〇

二〇、〇〇〇

一、一〇〇〇、〇〇〇

一三、〇八〇、〇〇〇

〃6

野口静子

八、〇〇〇、〇〇〇

二〇、〇〇〇

七〇〇、〇〇〇

八、六八〇、〇〇〇

〃7

野口清孝

八、〇〇〇、〇〇〇

二〇、〇〇〇

七〇〇、〇〇〇

八、六八〇、〇〇〇

〃8

野口清

八、〇〇〇、〇〇〇

二〇、〇〇〇

七〇〇、〇〇〇

八、六八〇、〇〇〇

〃9

小松

一二、〇〇〇、〇〇〇

二〇、〇〇〇

一、一〇〇、〇〇〇

一三、〇八〇、〇〇〇

〃10

小松千江子

六、〇〇〇、〇〇〇

二〇、〇〇〇

五〇〇、〇〇〇

六、四八〇、〇〇〇

〃11

矢山敬士

八、〇〇〇、〇〇〇

二〇、〇〇〇

七〇〇、〇〇〇

八、六八〇、〇〇〇

〃12

矢山妙子

八、〇〇〇、〇〇〇

二〇、〇〇〇

七〇〇、〇〇〇

八、六八〇、〇〇〇

〃13

矢山陽介

八、〇〇〇、〇〇〇

二〇、〇〇〇

七〇〇、〇〇〇

八、六八〇、〇〇〇

〃14

太田成春

一二、〇〇〇、〇〇〇

一〇、〇〇〇

一、一〇〇、〇〇〇

一三、〇九〇、〇〇〇

〃15

正岡寿太郎

八、〇〇〇、〇〇〇

七、四九〇、〇〇〇

二〇、〇〇〇

一、五〇〇、〇〇〇

一六、九七〇、〇〇〇

〃16

正岡ス

エ子

八、〇〇〇、〇〇〇

七、四九〇、〇〇〇

二〇、〇〇〇

一、五〇〇、〇〇〇

一六、九七〇、〇〇〇

〃17

正岡恭一

八、〇〇〇、〇〇〇

一〇、〇〇〇

七〇〇、〇〇〇

八、六九〇、〇〇〇

〃18

仲野

八、〇〇〇、〇〇〇

一〇、〇〇〇

七〇〇、〇〇〇

八、六九〇、〇〇〇

〃19

仲野晴芳

八、〇〇〇、〇〇〇

一〇、〇〇〇

七〇〇、〇〇〇

八、六九〇、〇〇〇

〈以下略〉

別紙〔一二〕 被告鐘淵化学工業株式会社に対する認容債権額一覧表

原告番号

原告氏名

慰藉料額

弁護士費用(円)

認容合計金額(円)

++

固有分(円)

相続分(円)

第一次5

野口彰生

一二、〇〇〇、〇〇〇

一、一〇〇〇、〇〇〇

一三、一〇〇、〇〇〇

〃6

野口静子

八、〇〇〇、〇〇〇

七〇〇、〇〇〇

八、七〇〇、〇〇〇

〃7

野口清孝

八、〇〇〇、〇〇〇

七〇〇、〇〇〇

八、七〇〇、〇〇〇

〃8

野口清

八、〇〇〇、〇〇〇

七〇〇、〇〇〇

八、七〇〇、〇〇〇

〃9

小松

一二、〇〇〇、〇〇〇

一、一〇〇、〇〇〇

一三、一〇〇、〇〇〇

〃10

小松千江子

六、〇〇〇、〇〇〇

五〇〇、〇〇〇

六、五〇〇、〇〇〇

〃11

矢山敬士

八、〇〇〇、〇〇〇

七〇〇、〇〇〇

八、七〇〇、〇〇〇

〃12

矢山妙子

八、〇〇〇、〇〇〇

七〇〇、〇〇〇

八、七〇〇、〇〇〇

〃13

矢山陽介

八、〇〇〇、〇〇〇

七〇〇、〇〇〇

八、七〇〇、〇〇〇

〃14

太田成春

一二、〇〇〇、〇〇〇

一、一〇〇、〇〇〇

一三、一〇〇、〇〇〇

〃15

正岡寿太郎

八、〇〇〇、〇〇〇

七、五〇〇、〇〇〇

一、五〇〇、〇〇〇

一七、〇〇〇、〇〇〇

〃16

正岡ス

エ子

八、〇〇〇、〇〇〇

七、五〇〇、〇〇〇

一、五〇〇、〇〇〇

一七、〇〇〇、〇〇〇

〃17

正岡恭一

八、〇〇〇、〇〇〇

七〇〇、〇〇〇

八、七〇〇、〇〇〇

〃18

仲野

八、〇〇〇、〇〇〇

七〇〇、〇〇〇

八、七〇〇、〇〇〇

〃19

仲野晴芳

八、〇〇〇、〇〇〇

七〇〇、〇〇〇

八、七〇〇、〇〇〇

〈以下略〉

図面一 米ぬか油製造工程概略図

図面二 脱臭工程概略図

図面三 六号脱臭罐構造概略図

強制執行停止決定

(福岡高裁昭五三年(ウ)第七一号、強制執行停止決定申立事件、昭53.3.11第四民事部決定)

当事者  別紙当事者目録記載のとおり

申請人から福岡地方裁判所小倉支部昭 和四五年(ワ)第一、一〇二号等損害賠償請 求事件につき控訴の提起がなされ、強制 執行停止決定申請がなされたので、当裁 判所は次のとおり決定する。

主文

福岡地方裁判所小倉支部が昭和四五年(ワ)第一一〇二号等損害賠償請求事件について昭和五三年三月一〇日言渡した判決主文第二項は、各被申請人毎に、それぞれ別表(ヘ)記載の金額を超える部分に限り、申請人において同表(ト)記載の保証を供託することを条件に、右事件の控訴事件の判決言渡しまで、その執行を停止する。

(高石博良 鍋山健 原田和徳)

別表

単位 円

(ホ)原判決の認容額

(ヘ)執行を停止しない金額

(ト)保証金額

1万~600万

(ホ)の認容額の半額

(10万未満切捨)

左記(ヘ)の金額の5分の1

601万~800万

300万

60万

801万~1000万

300万

100万

1001万~1200万

300万

150万

1201万~1500万

300万

200万

1501万~

300万

250万

当事者目録

申請人

住所

氏名

大阪市北区中之島三丁目二番四号

朝日新聞ビル

鐘淵化学工業株式会社右代表者代表取締役 大澤孝

右訴訟代理人弁護士 荻野益三郎外八名

被申請人

住所

氏名

直方市植木市営住宅二九四号

野口彰生

同静子

福岡県小郡市二二二八番地の一

同清孝

直方市植木市営住宅二九四号

同清

右二名法定代理人親権者父

野口彰生

同母

同静子

飯塚市菰田西二丁目四の一八

小松ヒロエ

同千江子

飯塚市大字川津九五

矢山敬士

同妙子

同陽介

右一名法定代理人親権者父

矢山敬士

同母

同妙子

福岡市博多区対馬小路九―一三

古森病院内

太田成春

福岡県粕屋郡篠栗町津波黒二二二

正岡寿太郎

同スエ子

福岡市東区大字松崎四三八の四

同恭一

福岡県粕屋郡篠栗町大字田中第一幸町

仲野トキヨ

〈以下略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例